昨季の入れ替え戦で日大を下し、今秋は関東大学1部リーグAで戦った東海。2007年以来のトップカテゴリー(当時はAグループ10校制)はやはり甘くはなく、1次リーグは1勝6敗、2次リーグも同様で、計2勝12敗、勝ち点5で、12月9日の順位決定戦(入替戦)に回ることになった。

1・2次リーグの14試合、すべてにスターターとして東海のゴールを守ったのが猪村望貴だ。4年生の猪村にとって、この秋が大学生活で最初にして最後のグループA。「やっぱり、Aの試合はやりがいがあります。ただ、負けてばっかりなので、当然、悔しさもあります。充実感と悔しさが半分、半分という感じです」という。

高校は駒大苫小牧。猪村が3年の時、地元・苫小牧インターハイでハリデー慈英(早稲田)らがいる埼玉栄を下して日本一になっている。その栄光の集団にあって、猪村は陽の当たらない3年間を過ごした。当時の駒澤には、ゴーリーが5人。同期に金子将太朗(中央)と小林憲二(関西)、1つ下には水田勇輝(東洋)、さらに1年生には中島康渡(法政)がいた。その中で「5番目だった」猪村は公式戦の出場はめったに回って来ず、「3年間でベンチに入ったのも3年夏の全国選抜くらい」という。

駒澤には猪村を含めて14人の3年生がいたが、この学年は入学時のメンバーから1人も欠けていない。「試合に出られないことは、つらいことはつらかったですが、やめようとは思いませんでした。親が(氷上練習の)送り迎えをしてくれて、それに対する恩返しというか。ホッケーを続けることが、自分なりの感謝の表現でした」。駒澤の3年間で学んだのは「チームに徹すること」と猪村は言う。

東海では、入学時から出番が回ってきた。当初は2学年上の田村拓也の控えだったが、2年秋からはメインでマスクをかぶるようになった。3年のリーグ戦はBで優勝、入れ替え戦で日大を完封して(2-0)チームをAグループに押し上げた。

この秋、猪村が強く感じているのは、Bグループでは感じることの少なかった、相手FWの得点への執着心だ。「リバウンドコントロールが甘くなっても、Bではうまく処理できたんです。でも、Aはちょっとでもスキがあると、やられる。そこが今、一番注意していることです」

スキを見せると、やられる。その象徴が早稲田とのカードだ。1次リーグでは14失点、2次リーグは40分間で11失点。特に1次リーグでの試合では、1ピリ18分に6失点目を喫し、精魂尽き果てたというように、がっくりとうなだれた。「本当はああいう姿は見せちゃいけないんですが、ピリオドの最後に失点したことがショックで…。あのまま失点せずに1ピリを終えて、2ピリにつなげようと思っていましたから。早稲田とは、夏の苫小牧(サマーカップ)で対戦して1-3だったので、秋リーグではもうちょっとやれると思っていたんです」。6点目を失った猪村はしばし倒れたままで、それでもスティックで体を支えて立ち上がった。この秋のリーグ戦で印象的なシーンのひとつだった。

来春からは、チームメイトの平野拓海と同じ製薬会社で働くことが内定している。「ちょっと、もったいない気もしています。高校・大学を通じて、今が一番、キーパーとしてうまくなっている実感がありますから。でも、そういう充実感の中で大学4年間を終われるのは幸せですし、最後のインカレではベスト16の壁を破って、1つでも上に行きたいです」

大学アイスホッケーを取材していると、長くベンチから外れ、高校時代の輝きが薄れたまま日々を過ごしている選手と時たま遭遇する。そんな中で、猪村の姿勢は多くの示唆を含んでいる。うまくいかない時期があっても、逃げずに向き合えば充実の時が待っている。失点しても、倒れても、そこから立ち上がる猪村の姿は、メンバー外となって心が揺らいでいる選手に、大切なことを伝えているようでもあった。

PROFILE

いむら・みちたか

東海大学体育学部生涯スポーツ学科4年。GK、レフトキャッチ。1996年8月25日生。178㎝・70㎏。北海道出身。千歳信濃小2年の時、恵庭アンビシャスでホッケーを始め、千歳北斗中を経て駒大苫小牧高へ。3年時に地元・苫小牧インターハイで優勝して東海へ。「大学で好きな授業は栄養学。僕、肉が大好きでよく食べるんですが、全然体重が増えないんです」

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