大学でのアイスホッケーが、もうすぐ終わろうとしている。どんな4年間でしたか? 日本体育大を支えてきたゴーリーとウイングにたずねると、まず口を開いたのはFW山本健太郎(写真右)だった。「不完全燃焼、ですかね。な? そうだよな」。目線の先にいたGK高橋勇海がビターな顔で答える。「そうですね。完全燃焼とはいえなかったですね」

彼らが1年生だった冬、日体大はインカレの主役…いや、真の主役は優勝した中央だが、限りなく主役に近い準主役になった。中央・明治の2強といわれたシーズン。準決勝で、誰が見ても格上と思われた明治をGWSの末に破ったのだ。特にGKの高橋の活躍には多くの人が目を奪われた。

決勝では2-8で敗れたが、負けてなお日体の選手の顔は晴れ晴れとしていた。リンクサイドで取材をしていると、4年生が次々とこちらに来て握手の手を差し述べてくれた。「これまでありがとうございました」「このインカレの話で一生、飲めます」。勝敗やメダルの色を超えた美しい空気が霧降のアリーナに流れていた。

心ふるえる場面を1年生で体験した高橋と山本は、しかし大学4年目となる今季は苦しいシーズンを過ごしている。秋のリーグ戦は開幕4連敗。試合の途中、どこかのピリオドで明らかに相手を上回りながら、60分トータルでは勝てない。勝ちゲームに持っていけない。

上昇のきっかけをつくったのが山本だった。4連敗で迎えた1次リーグ・法政戦(9月24日)。相手の主力DF、松井洸(3年)をハードヒットでダウンさせ、最後はGWSの決勝ゴールを決めた。リーグ初白星を挙げた日体は2次リーグでも法政に勝ち、慶應にも完勝、最終戦の東海にも勝って3連勝でリーグの戦いを終えた。2次リーグの慶應戦で見せたワンタイムショットは山本らしい腕っぷしの強さを生かしたもので、場内からどよめきの声が起きた。

山本は8月24日から9月17日まで、教育実習のため母校・武修館高で「先生」をしていた。「こっちに戻ってきて自分なりに急いで調整したんですが、リーグ前半はやっぱり調子が出なかった。チームも勝てていなかったので責任を感じました」。高橋も、今季のチームキャプテンとして勝てないことに頭を悩ませた。「技術の差というより、精神的な面で弱い部分があると思いました。そこがロースコアで勝ちきれない理由なのかな、と。たとえば1点差で負けている状況でやるプレーに上位校との差を感じます。時間帯に応じたプレーが、チーム全体でまだできていないというか」

2次リーグ終盤、3連勝の法政、慶應、東海戦のほかにも早稲田と2-5、東洋とは3-4。試合の途中で「もしかして」と思わせた。しかし、その一方で、1次リーグでは8位の東海に初白星を献上している。「試合によって波があるのは、私生活を含めて甘さがあったのかもしれません」と山本は言う。

12月9日には、いったんは回避したと思われたA・B入替戦(順位決定戦)の大東文化戦が、さらに年末には、彼らにとって大学最後の大会となるインカレが待つ。「日体は1部では一番多い39人の選手がいるんですが、試合に出ていない人をどう良い方向にもっていくか。そこがキャプテンとして一番、悩んだ部分です。入替戦もインカレも、全員でひとつの方向を向いていないと勝てない。逆に言うと、インカレのような大会は実力の差があってもチーム力で勝てることがある。1つひとつの試合に集中して結果を出したいです」(高橋)

3年前の冬。日体大が宿泊していた細尾のペンションのオーナーが驚いていた。「とにかく日体の選手はよく練習して、よく食べて、よく寝る。特にメシの量がすごいんです。努力するのを見ていたから、明治と途中まで善戦しているのを見て、もしかしたら(アップセットが)あるかなと思った。最後はホッケーの神様が味方してくれたんでしょう」

大学生活で一番の思い出は「1年生のインカレ」と2人は口をそろえた。しかし、1年目が頂上でそのあとが不完全燃焼だとしたら、これほど寂しいことはない。「僕たちが卒業してしまったら、あのインカレを経験した選手はいなくなるし、僕自身もあのインカレが頂点だったとは思いたくない。あのときの思いを超えるとしたら、優勝しかありません」(山本)。チャンスは残っている。自分のアイスホッケー史を書き換える時間は、高橋勇海と山本健太郎に、そして日体の選手にまだ残されている。

入学から4年間、日体のゴールを守り続けてきた高橋。今季はチームキャプテンとして、自分よりもチーム全体をまとめることに心を砕いてきた。


パワフルなプレーでファンの目を集めてきた山本。高橋との2人は「よく似ているよねって、しょっちゅう言われます(笑)」

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