応援団が陣取る南スタンド、さらに北スタンドの歓声に応えた王子の選手たち。成澤はゴールとゴール裏のファンに向かって、いつものように頭を下げた。


第86回全日本選手権・決勝

2018.12.16 東京都西東京市・ダイドードリンコアイスアリーナ

アイスバックス 2(0-2、2-1、0-1)4 王子

決勝の前日、12月15日の夜7時。準決勝の2試合を終え、照明が落とされて薄暗くなった東伏見のスタンド下では、報道陣が「出待ち」をしていた。日本製紙を1失点に抑えた王子のゴーリー成澤優太の声を拾うためだ。この日、成澤はドーピングの対象選手になり、しかし1時間が経過してもインタビューエリアにやって来なかった。記者たちは「まだ出ないのかな」「緊張感が続いていて、出にくいのかもな」と苦笑いしつつ、ひたすら待った。やがて「出待ち」のかいあって、成澤が姿を現す。「すみません。お待たせしてしまって」。腰の低いヒーローは、「この大会は釧路から母親が見に来ているんです。2月には子供が生まれますし、明日は勝ちたいですね」と落ち着いた声で話し終えると、最後にもう一度、「お待たせしてしまってすみませんでした」と頭を下げた。

名前の通り、優しい男だ。今から7年前、雑誌の企画記事のため長めのインタビューをしたとき、「ゴーリーとして一番心がけていることはなんですか」という問いに、「感謝です」と答えている。「ゴールキーパーは守ることが仕事ですが、1人で守ることはできません。周りの選手、スタッフ、応援してくれる人たち。僕はずっと、そういう人への感謝を大切にしてきました。すみません、質問の答えになっているかどうかはわからないんですが」

実はその前に、成澤はわりと「普通の答え」を口にしていた。それがどういう言葉だったのか失礼ながら忘れてしまったのだが、要は、忘れてしまうくらいありきたりな回答だったのだ。そこから昼食をはさんで、「あの、さっきの答えに追加していいですか」とことわりながら発したワードが「感謝」だった。おそらくは昼ごはんを食べながら、言おうか言うまいか、ずっと考えていたのだろう。態度からにじみ出る、素直さ、謙虚さ。きっとこの人を悪く言う人はいないんだろうなというのが成澤への最初の印象で、それは7年経った今も変わらない。彼自身の振る舞いが何ひとつ変わっていないからだ。

その成澤の頭に、ずっとこびりついていた思いがある。「春名(真仁)さん、荻野(順二)さん、それと後輩ですけど小野田(拓人)。王子のゴーリーは、チームを優勝させてきた人ばかりです。僕は今年で9年目ですが、これまでチームが優勝した時に氷の上に立っていたことがない。チャンスは何度かあったんですけど」。2年前、全日本で優勝したときも、ゴール前に立っていたのは5歳下の小野田だった。トップリーガーになってから一度もリンク上で優勝決定のブザーを聞いた経験がないことは、成澤にとって長年の「重石」だった。

その重石を取り除くチャンスがやって来た。アイスバックスとの決勝。開始29秒、FW中屋敷侑史の強烈なシュートが決まって(記録はFW相木隼斗のゴール)王子があっさり先制する。しかし、そこからは苦しい時間帯が続いた。1分、4分とアイスバックスは続けてPP。それでも王子は準決勝に続いて低い位置からのアグレッシブフォアチェック、ボディーレシーブも辞さない献身的な守りでアイスバックスの猛攻をしのぎ切る。逆にPPを得た18分には、FW高橋聖二がゴール左に流したパスをFW百目木政人がワンタイムで合わせて2点目。「こういう1ピリの終わり方は想像していなかったので選手もソワソワしていた」と桜井邦彦監督が振り返ったほどの望外の内容で、ファイナルの第一関門を通過した。

2ピリ。王子は1分に反則を犯し、2分に1点を返される。しかし、その1分後、相手のレシーブミスから生まれたGKとの1対1の場面をFWドミニク・フォジェが生かして3点目。粘るアイスバックスも11分、FW寺尾裕道が成澤の左足をかすめて2点目のゴールを奪い、勝負の行方は3ピリに持ち越された。

3ピリ、王子にとっては我慢に次ぐ我慢の20分になった。開始早々にペナルティをとられ、ピリオド前半は「バックス・タイム」。しかし、王子はDゾーン、ニュートラルゾーンで常にアウトナンバーして最後の一線を割らせない。11分、しびれをきらしたようにアイスバックスがペナルティを犯すと、12分、PPのゴール前で強さを発揮するDF橋場亮が、粘り強くリバウンドをたたいて4点目。そこからはまたもアイスバックスの猛攻に遭ったが、時に体を投げ出し、時にゴールポストに助けられ、追い上げを許さなかった。

4-2で逃げ切り、終了のブザー。2年ぶり37度目の優勝を決めた王子の選手は、ベンチから飛び出すと一斉に成澤に駆け寄り、苦しんだ末の栄冠の味をかみしめた。そして、歓声を浴びてのセレブレーション。成澤はいつものようにベンチ側と本部席側のスタンドに頭を下げ、それから1人、ゴール裏に向き直って頭を下げた。

この日、トップリーグ9年目にして、成澤の名に「優しい」というほかに「優勝」という意味が加わった。「いえ、僕1人でチームを優勝させたわけではありません。みんなを信じていたし、僕のところまでシュートを届かせないという気持ちも伝わってきました。だから優勝は、僕にとってのノルマというか…。今は、ひと安心という感じです」「最後の一礼の意味ですか? まずは、ゴールに対しての感謝。それと、ゴール裏のスタンドにも応援してくださる人がいるので、その人たちへの感謝です」

今日は、いつもと違う気持ちでゴールとゴール裏に向かって頭を下げたのですか。その問いに対して、成澤は「特にいつもと変わりありませんでした」と笑った。優勝したから「感謝」するのではなく、いつも、どんな時でも、その気持ちを大切にしてきたのだ。おめでとう、成澤優太。今季の全日本優勝チームには、その座にふさわしいゴーリーがいた。

チームメイトと優勝の喜びを分かち合う成澤。「1ピリで2点取ってくれたので、大きなプレッシャーもなくプレーできました」と仲間に感謝していた

氷の上で選手と1人ずつ握手を交わした桜井監督。「9月に震災があって、それから1カ月くらいは余震で安眠できなかった。2カ月後くらいからアイスホッケーモードになりましたが、気がついたら(アジアリーグの)上位チームと勝ち点差がついていて、選手に焦りが生まれてしまった。とにかく目の前の一戦を全力で戦おう、と。この優勝は、リンクに出ている6人だけでなく、ベンチと一体になって取った優勝だと思います」

試合中はドアマン、試合後は荷物運びと、ケガで欠場した今大会は最後まで裏方に徹したキャプテンのFW久慈修平。「優勝が決まった瞬間はうれしくて、でも、閉会式でみんなが表彰されている時は、なんでオレは防具をつけてないんだろうって悔しい気持ちになりました」。心と体をリセットする上で、貴重な3日間になった。

U20世界選手権の遠征を終えて駆けつけたルーキーFW小林斗威。「今日は空港から直行しました。U20で感じた課題はフィジカルです」。試合中はベンチの外でかいがいしく動き回った。

決勝進出は驚きでもなんでもなく、真の地力をつけていることを証明したアイスバックス。シッキネン監督は「アジアリーグ残り8試合、全力で行く。でも、その前に2日間、お休み(笑)。皆さん、メリー・クリスマス!」


日本製紙が最終ピリオドで2点差を跳ね返し、3-2でフリーブレイズを破ってブロンズメダリストに。小林弘明監督は「PPでうまく決まらず、でも3ピリに逆転できたことは今後につながる」

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