敵を置き去りにするハンドリングと、シュートパターンの多さ。FWとしての攻め手の多さこそ、松本の努力の証だった。


11月23日に行われた関東大学1部リーグA順位決定リーグ、対中央戦。この試合で60分負けするとその時点で優勝の可能性が消える明治を救ったのは、個人技に長けた4年生のFWだった。5分に失点し、2-3で迎えた3ピリ後半。時計は13分13秒を指していた。「13とくれば俺しかいないだろ」とばかりに、松本昂大が得意のハンドリングを生かして同点ゴールを決める。さらに、ぎっしり埋まった応援スタンドに向かってユニフォーム左胸の「MEIJI」を握るパフォーマンス。試合は結局、延長、GWSまでもつれ、明治は敗れてしまったが、その試合の勝ち点1がなければ、つまり松本の同点ゴールがなければ、2日後、早稲田に勝っての逆転優勝もなかった。松本はこのリーグ戦で、3年生の春、インカレ、今年の春に続いてのMVPを受賞している。

「あのゴール後のパフォーマンスですか? 今は明治のために尽くしたいと思っているので、手が勝手にさわっていたんです。僕はもうアジアリーグに行くことは断念したので、昂大さんはあんなふうにかんばっていたなと明治の後輩に思ってもらえるように、先駆者というか、先駆けになれればいいと思ってやっています」

清水高時代から、ハンドリングに優れたFWとして同世代の間で一目置かれる存在だった。特に2年時、八戸インターハイの対駒大苫小牧戦での勝利は、松本、そして岩沢一希(中央FW・3年)の存在を一躍知らしめた。現在、大学ナンバーワンといわれる蓑島圭悟(中央DF・4年)をして「松本のテクニックを参考にしている」といわしめるスティックさばきは、初めてアイスホッケーを観戦する人をも魅了した。

もともとは宮城・仙台の出身。アイスホッケーがうまくなりたい一心で、小学校の時に単身で八戸に移り住み、坂本渓太(東洋FW・4年)の家に下宿して北稜中に通った。高校は「どうせやるなら北海道で」と清水へ。大学は、個人技を生かすチームカラーの明治を選んだ。松本にとってアイスホッケーは、単に「好き」という範疇を超えて、そのために生きているといっていいものだった。大学を卒業したらトップリーグへ。周囲も、そして松本自身も、そう考えるのは自然なことだった。

しかし来春、松本が進むのは食品関係の企業。アジアリーグではなく、一般就職を選んだのだ。「大学3年の夏くらいまでは、アジアリーグに行きたいとすごく思っていたんです。ただ、その年の夏に先輩から話を聞く機会があって、そのときにアジアリーグに対していいイメージを持てなかった。もちろん、すべてのチームに共通しているわけではないと思うんですが、スタッフの方針で選手の希望が通らないこともある、と。僕が考えていたプロホッケー選手というのは、何かに縛られるものではないというのがあったので、そこの食い違いが一番、大きかったですね」

アイスホッケーを取り巻く人たちへの失望もあった。「日本のアイスホッケーをまとめる立場の人に対して、自分の考えとは違うと思った。そういう立場の人には、もちろん名誉もありますけど、保身を考えるんじゃなくて、日本のアイスホッケーを変えていこうという気持ちをもっと持っていていいんじゃないかなって。僕は選手の立場なので大きなことは言えないですけど、逆に言うと、今は選手が口に出して言わなくてはいけないくらい、危機的な状況だと思うんです。僕の同期の三浦優希(NCAAレイクスペリオル大)が、自分が経験していることをネットで発信していますが、日本もこうしなきゃいけないというのを選手の立場でありながら伝えてくれている。そういう気持ちは、アイスホッケーの上の方々にはないのかなって」

松本に限らず、大学生のトッププレーヤーにとって、今はアジアリーグに進むことが必ずしも第一希望ではない。それは学生に野心がないということではなく、進みたくても進めない、アジアリーグに夢を描けないのが最大の理由だ。おりしも12月18日には、日本製紙クレインズの廃部が明らかになった。

「僕は、アイスホッケーが嫌いになったわけではないんです。だから、おまえはアジアリーグに行ったほうがいいと言われるのがつらかった。僕の考えを知らない人に、上でやれるから上でやったほうがいいんだと、断言されるのが苦しかったんです。アジアリーグに魅力を感じていたら、周りがなんと言おうと僕はアジアリーグに行こうとしたと思う。でも、正直言って、そこまでして進みたいと思える理由がなかったんです。一方で、アジアリーグに進まないことに対しても、頭のいい判断だよねと言われてしまう。それもまた悔しいんです」

卒業後は社会人、東京のSリーグでプレーする。「会長杯に出るようなチームではありませんが、どうせやるなら、あまり強くないチームを自分が強くしていけばいいのかなって。将来的には、大学のコーチをやりたいんです。来季は明大中野高のコーチとして勉強させてもらうつもりです」

誰よりアイスホッケーが好きで、誰よりパックを巧みに操った男が、コンペティションとしてのアイスホッケーを終える。もし生まれ変わっても、あなたはアイスホッケーを選びますか。その問いかけに松本昂大は即答した。「やりますね。やります。アイスホッケーを通じて人との関係が広まりましたし、本当に好きでやってきたことなので悔いはありません。アイスホッケーという競技に対して、悪い思いは全然ないんです。ただ、もっと日本のアイスホッケーは良い方向に変われるんじゃないかと。これから自分が行動することで、そのための力になっていければいいなって」

食品の仕事を通じてアイスホッケーの未来を支えていきたい。それが今の松本の夢だ。生まれ変わってからのことを考えるより、今、こうして生きている間に、日本のアイスホッケーを良い方向に変えていく。そして、それを実現するための時間が松本には十分にある。トップリーガーとしての物語は始まらなかったが、ホッケーマンとしての人生は終わっていない。いや、むしろこれからがスタートなのだ。そうだよな、昂大。

PROFILE

まつもと・こうだい

明治大学商学部4年。FW。幼稚園でアイスホッケーを始め、仙台・勝山ジュニアから八戸ホワイトベア、北稜中、清水高を経て明治へ。2年時にユニバーシアード代表。

春の大会は目を負傷していたためフルフェイスでプレーし、MVPに輝いた。チームを勝たせるための仕事ができるFWだ。

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