大勢の観客と羽生結弦が見つめる中、最後の早慶戦に臨んだ矢島(上)と滝。濃い4年間を送ってきたからこその笑顔だ。


第83回早慶冬季定期戦

2019.1.12 東京都西東京市・ダイドードリンコアイスアリーナ

早稲田 7(2-0、2-0、3-0)0慶應義塾 

「最後の早慶戦」という言葉にはウエットな先入観がつきまとうが、アイスホッケーの早慶戦はただただ、お祭りだ。そこには日常と違うスタンド風景があり、メンバーと観客がその空気に酔いしれる祝祭の場。WとK、2人のナンバー21にも悲壮感はまるでなく、充実感と、それゆえの笑顔があった。

エンジの21番、矢島雄吾(4年)。駒大苫小牧高、さらに早稲田でも快足ウインガーとして鳴らした彼は、父もまた王子製紙のエースFWとして日本中のファンを夢中にさせた。日本アイスホッケーリーグの映像が全国のスポーツニュースで流れ、代々木、あるいは真駒内で観客が席の取り合いをした時代。その時代のヒーローだった敏幸さんを父に持つ矢島は、おそらくはどこへ行っても「ヤジマの息子か」と言われ続け、矢島自身がホッケーを始めることも、大学まで競技を続けたことも、ごく自然のなりゆきだった。

ただひとつ父親と違っていたのは、学校を出たあとの進路がホッケーの世界ではなかったことだ。「4月から働くのは一般企業です。食品関係といっていいんですかね。もちろんアイスホッケーは好きで続けてきましたし、でもアジアリーグを目指しながら、普通に就職するのもいいかなって高校生のころから考えてきたんです。高校も、コマザワではなくヒガシ(苫小牧東)へ行きたいと思っていた時期もありましたから」

12月のインカレ。大学最後の公式戦となった準々決勝の明治戦は、矢島にとって忘れられない試合になった。2-3と1点を追いかける展開で3ピリ13分、矢島らしいストレッチからの同点ゴール。劇的なシーンをつくり出しながら、GWSでは一転、自身がシュートを外して敗れた。「最後、シュートはポストに当たりました。もちろん悔しかったですけど、悔いはなかったですよ。試合はどっちかが勝つわけで、優勝するのも1チームしかないんだから、勝ち負けより悔いのない試合をすることが目標だった。それは達成できたので満足でした」。駒澤、そして早稲田で勝負の厳しさを人一倍味わったからゆえの言葉か。「あ、でも100パーセントは満足していなくて、80パーくらいかな。今日の早慶戦も満足です。ゴールはなかったですけど、チームが苦しいときに決めるのが僕の仕事で、今日はそういう展開ではなかったから。アイスホッケーをやっていてよかったことですか。いろんな自分を知れたことでしょうか。自分の良さも、エゴも、ホッケーを通じて知ることができた。アイスホッケーは僕にとって、自分を映す鏡のようなものでした」

慶應の21番、キャプテンのFW滝智弥(4年)も試合後は笑っていた。試合は完敗。「ボロ負けでしたけど、早稲田はやっぱり強いなと思いました。早稲田は、普段からホッケーを真剣にやっているチームですよね。そういう相手と学生最後の試合ができて、本当に幸せだと思いました」。インカレでは、2回戦で日大にGWSの末に1-2で敗れている。「負けてから2日間くらいは、そのことが頭から離れなくて。それでも下級生たちが、早慶戦で4年生を笑顔で送り出しますと言ってくれたので、わりと早く切り替えられました。早慶戦までの練習は、本当に充実した時間でした」

インカレで悔しい思いをして、しかし彼らには早慶戦があり、仲間の祝福があった。スコアは「7-0」。それでも笑顔でユニフォームを脱ぐことができたのなら、2人はともにアイスホッケーの勝者だった。

「紺碧の空」を歌い上げる早稲田のメンバー。実際には、外は小雨交じりの曇り空ながら、アリーナの中は確かに晴れやかな空間が広がっていた。

 

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