『プライド』の主人公・里中ハルと同様、「心清き人」の松渕。その割にペナルティが多いのは、「熱き心」ゆえか。


あきらめないことが、僕の「プライド」

まったくの偶然だが、いま、関東の地上波テレビでは、かつて「月9」で放送されていたドラマ『プライド』の再放送が流れている。本放送は15年前。小学2年生でそのドラマを見て、運命が変わったのが松渕雄太だ。「キムタクがオープニングで、フェイスオフするシーンがあるじゃないですか。もう、カッコいいなあ、としか思えなくて。当時、特にサッカーとか野球とかのスポーツをやっていた子ではなかったんですけど、あのドラマを見たことがきっかけで、初めて本格的にやったスポーツがアイスホッケーなんです」。親にせがんで地元・栃木の宇都宮ブルーインズに入会。それから松渕の「アイスマン」人生が始まった。

遊びではなく本格的にやりたいと、中学は強豪の日光東へ。小学校時代から天才少年として全国に名を知られたスーパースター・寺尾勇利(現在アイスバックスFW)を筆頭に、当時の日光東中は日本一の実力を誇っていた。「同じ宇都宮ブルーインズでプレーしていたハリデー慈英(早稲田大学DF・4年)と一緒に日光まで通っていました。僕は下野大沢という駅で、ハリデーは鶴田。親に車で駅まで送ってもらって、毎日、ハリデーと同じ電車で学校に行っていたんです」。背番号はドラマの主人公・里中ハルと同じ9を希望したが、先輩がつけていたために「27」に。高校でもやはり27番を背負った。

「目指すものがある限り、あきらめない」。その気持ちがあったからこそ、松渕は今日までスティックを握ってきた。「日光東中では僕の1学年上の寺尾さん、宇都宮の先輩でもある乾純也さん(現在はアイスバックスFW)がいた時代こそ日本一でしたが、僕らの代で勝てなくなったんです。それが情けなくて、だから高校ではどうしても日本一になりたかった。最初は、地元の日光明峰高校に行こうと考えていたんですが、ハリデーたちが埼玉栄に行くというので、よし、自分も栄に行こうと。その年、日光東中から埼玉栄には5人が進学しました。ハリデーたちとみんなで日本一になろうと思っていたんです」

埼玉栄高校では3年生の冬、その「日本一」に届きかけた。松渕ら埼玉栄はインターハイの決勝まで勝ち進んだのだ。相手は、インターハイ会場・北海道苫小牧市にある名門・駒大苫小牧高校。全校応援で気合十分の相手に、埼玉栄は0-5のシャットアウトで敗れた。「当時、一番強いといわれていたのは帯広の白樺学園高校でした。僕らはてっきり、決勝は白樺と対戦すると思っていた。でも、実際にはコマザワで、だから決勝の前日はワクワクして眠れませんでした。コマザワには夏の練習試合で2勝1敗で勝ち越していたので、半ば優勝したような気持ちでいたんです。これ、優勝いけるよ。やるしかないっしょっていう感じでいったら、完封負け。FWとしても、1点も取れなかったことが悔しかったです」

その経験から学んだのは、埼玉栄高校の部訓でもある「熱き心」の大切さだ。インターハイ前に苫小牧に乗り込んで最初の練習試合で、地元の苫小牧工業高校に0-5で負けた。「そこで監督のカツが入って、やばいぞということで気持ちが引き締まった。それでインターハイの決勝まで勝ち上がっていったんです。でも、最後の最後になってその気持ちを緩めてしまった。熱き心が薄れてしまっていたんですね。高校最後のインターハイ決勝は、今までで一番印象深い試合ですし、一番悔しかった試合でもあります」

高校卒業後は、同じ埼玉にある大東文化大学に進み、今シーズンはキャプテンを務めた。アイスホッケーの関東大学リーグは、1部リーグの上位8校がグループA、続く6校がグループBに振り分けられており、大東文化大は松渕が在籍した4年間、ずっとグループBで、一度もAに上がれなかった。A・B入れ替え戦で一度も勝つことができなかったのだ。「4年間、入れ替え戦で負け続けたチームというのも、なかなかないと思います。しかも、そのうち3回は逆転負け。僕自身、最低でも1シーズンはAでやりたかった悔しさはあります」

大学受験の際の第一志望は、グループAの慶應義塾大学だった。受験はしたものの縁がなく、大東文化大に進んだのだ。「入れ替え戦でも慶應と対戦しましたが、慶應に対して特別な思いは人一倍ありました。同じ年にもう1人埼玉栄から受験した選手がいたので、やめておけと言う声も多かったんですが、僕は、チャレンジしないであきらめるのが一番いやなんです。無理そうだからといって挑戦しないことが、結局、一番後悔する。確かに慶應とは縁がありませんでしたが、受験したことは後悔していないし、自分にプラスになったと信じています。最終的に大東に進んだことも、自分にとって本当によかった」。昨年12月の入れ替え戦、かつて慶應受験のために小論文を指導してくれた人から電話があった。「明日は最後の入れ替え戦だろ、見に行くよ、と。その人は慶應のOBなんですが、その電話をもらって、慶應を受験させていただいたことは間違いじゃなかったと思いました」

卒業を間近に控えた今も、トップリーグに行きたい気持ちが心のどこかにある。「9月の3日間、トップリーグのチームの練習に入れてもらったんです。実際にやってみて、とにかく体の強さが違った。プロは違うなあと思ったし、今の自分ではちょっと難しいのかな、とも思いました。でも、今でも上に進みたい気持ちは正直、あります」

2月16日、ブルーズでの試合が学生最後の試合になる。「初めてアイスホッケーを見るという人に、たくさん来ていただきたいですね。通りすがりでもいいので見てもらえたら、なんだ、このカッコいいスポーツはって必ず思ってもらえるはずなので。ホッケーを知らない人に見てもらうことって、今の日本のホッケーにすごく大切なことだと思うんです。初めてアイスホッケーを見て、面白いなと思ってくれた人の子どもが、もしかしたらホッケーを始めるかもしれないし」

15年前、松渕自身が「通りすがり」だった。たまたま見たドラマの主人公が、アイスホッケーをしていた。それがあったから、今日までアイスホッケーにすべてを捧げてきたのだ。「アイスホッケーみたいなスポーツ、ほかにないと思うんです。スピードがあって、格闘技的な要素もあって、ルールだって必要最低限のものしかなくて。こんな面白いスポーツが、人気が出ないほうがおかしい」。アイスホッケーを、もっと人の目が集まるスポーツにしたい。それをあきらめないことが松渕雄太のプライドなのだ。

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