サイズがどうであれ、ハートが熱く、大きければ戦える。志田のプレーは子どもたちだけでなく、すでに大人になった人の気持ちも揺さぶるはずだ。


僕のプレーで、子どもに夢を。

名門・苫小牧東高校を経て、今は名門・法政大学の3年生。さらにさかのぼれば、小学校は苫小牧のメインアリーナ・白鳥リンク裏手にある若草小学校で、中学もトップリーガーを何人も生み出した苫小牧東中学校だ。志田凌大のアイスホッケーのキャリアをたどると、王道ともいうべき名称がずらりと並ぶ。

凌ぐに大きいと書いて「リョウタ」と読む。ただし、体は大きくない。身長は160㎝。体のぶつかり合いが許されるアイスホッケーの世界では、不利といえば不利な条件だ。「真っ向勝負では体の大きな選手には勝てません。まず相手とは真逆にパックを置いて、そこからわざと当てさせて、それでもパックを守ってつないでいく。そういうプレーを一番大事にして、子どものころからやってきました」。法政大学での背番号は「67」。スウェーデンのFWライナス・オマークの番号で、「独創的な感じで魅せるプレーに憧れています」。それはそのまま志田が目指す選手像と重なる。

前述のように、アイスホッケーが盛んな北海道苫小牧市に生まれた。「最初はサッカーがやりたくて、親にもサッカーがやりたいと言っていたんですけど、苫小牧はスケートの街ですし、兄貴(優太さん・苫小牧東高から京都産業大)がやっていたというのもあってアイスホッケーを選びました。いま考えると、アイスホッケーには他のスポーツにはない面白さがあると思います。攻守の切り替えが速いし、迫力もある。細かい技術も大事で、これだけいろんなスキルを身につけないといけないスポーツもないなあと思って、それが面白くて続けてきました」

志田の中で大切にしている思いがある。名門・法政大学の復活だ。大学最高峰のトーナメント「インカレ」を12年連続で制するなど、かつて大学アイスホッケーといえば「法政」の名が真っ先に挙がる時代があった。しかし、秋に行われる関東大学リーグ戦を含めてもう20年近く、頂点からは遠ざかっている。「来季は4年生なのでチャンスはあと1回になりましたが、僕もインカレで優勝してみたいです。法政にはいろんなタイプの選手がいて、それがチームの特徴にもなっていますが、うまくまとまれば強い反面、個性が強いぶん、そうならない時もある。まずは私生活からきっちりしていくことで、強くなっていければと思っています」

アイスホッケーの聖地とも呼ばれる志田の故郷・苫小牧でも、少子化、そして北海道にプロスポーツがたくさんできた影響で、アイスホッケーをしない子どもの割合が高くなっている。「僕も学校単独のチームではなく、他の学校との合同チームでプレーしていました」。合同チームにはA、Bなど便宜上の名前がつけられるが、それだとどうにも愛着がわきにくいし、シーズンごとに名前や振り分けが変わるので団結を高めることも難しい。

「アイスホッケーを始める前の子どもたちに、アイスホッケーをやりたいと思ってもらえる良い影響を与えることができればと思っています。そのためには、常にいいパフォーマンスをしなければならない。真剣にやっていきます」。独創的で、見ていて楽しい志田のプレーは、それを見た子どもに「自分もアイスホッケーをしてみようかな」「体が大きくなくてもアイスホッケーはできるんだな」と思わせるに十分だ。アイスホッケーの魅力を多くの人に。志田の努力はそのまま、強豪・法政の復活へとつながっていくはずだ。

(記事は2019年2月に執筆)

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