熱い気持ちを持ちながら、チームでは「いじられ」キャラ。2・16試合当日に流れるノリノリの応援映像もお楽しみに!


体も、心も、とことん前へ。

兄・崇之も法政大学の選手(GK)。兄だけでなく、家族全員がプレーをするアイスホッケー一家で伊藤俊之は育った。競技歴は小学校1年から。スケートはさらにさかのぼり、「本当に小さいころから遊びでやっていました」。長野は、1998年に冬季オリンピックが開催された街。当時は北米のプロリーグ・NHLのスター選手がそれぞれの出身国のユニフォームで戦ったことで「ドリームチーム」と話題になった。そんな素晴らしい歴史を持つ街で伊藤は生まれた。

180㎝台の身体を生かした「前に向かう」プレーが特徴だ。「パックをうまくさばくプレーよりも、体が大きいので、ハードワークして迫力あるプレーを。それが自分の売りだと思っています」。小学校時代は長野イーグルスでプレー。中学からは軽井沢のチームに移った。「全国大会に行って北海道のチームと当たると、どうしても勝てない。下を向いてしまう先輩たちの姿を見てきました。負けるのは仕方ないかもしれないけど、いい試合をしたいなあと思って。そのためにはまず自分ができることをしよう、自分が闘争心をもって戦っていこうと思いました」。それが今の伊藤のスタイルの原点だ。

中学を卒業すると、札幌市にある伝統校・北海高校へ。「最初は関東の学校に行こうと思っていたんです。でも、どうせなら北海道でやろうと。当時、北海高校にはスター選手がいて、北海道のトップのチームともいい試合をしていた。強い学校なんだと思いました。北海道外から来た人のための寮もあって、ここで頑張ろうと。そして将来はトップリーグに行きたいという気持ちになりました」

大学も、数々の栄光の歴史を重ねてきたチームを選んだ。過去に何人もの日本代表を生んだ法政大学だ。「実際に入ってみたら、本当にレベルが高いと感じました。体を生かしたプレーをして、高校のときはそれで1年生から使ってもらえたのでそれを貫いていこうと思っていますが、大学のアイスホッケーはパス重視です。パスホッケーを学び、それでも自分の良さは出していきたい。チームには、激しく体を使ってプレーする選手も絶対に必要だと思っていますから。法政は個人レベルの高い選手が多いので、先輩と比べたらまだまだですが、高校時代よりパスを通せるようになっていると思いますし、周りを見られるようになった。プレーのイメージがどんどん沸くようになったと思います」

長野で過ごした中学時代までは、国立大学の付属校に通っていた。高校で北海道に渡り、スポーツの世界に本格的に身を投じた伊藤のキャリアは、自分を信じて前進を続ける彼のスピリットが表れている。「法政は、もっともっと上に行けるチームです。順位を上げていくためには、上位校と対戦して、いい試合ではなく、勝てるようにしないといけない。僕自身、得点をもっともっと取りたいですし、FWの仕事をまっとうしたい」。気持ちも、体も、とことん前へ。自分が信じてきた生き方を伊藤俊之はプレーで表現していく。

(記事は2019年2月に執筆)

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