皆さん、こんにちは!

中央大学2年生、大学でもブルーズでも背番号28のDF、小川翔太です。神奈川県横浜市出身、新横浜プリンスジュニア(現:新横浜ジュニア)というジュニアチームでホッケーを始め小学4年生でヨコハマスターズへ移籍、中学卒業後は宮城の東北高校でプレーさせていただきました。昨年12月のインカレで右手の指を骨折し、2月16日の試合には出ることができませんでしたが、当日は音響部門を担当させていただきました。私が編集した音源で手拍子が起きたことはうれしかったですし、当日、東伏見に足を運んでいただいた皆さまには、あらためてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

さて、私は2月4日から13日までの10日間、インドに行ってきました。といってもタージ・マハルを見に行ったわけではなく、アイスホッケーの指導です。「インドでアイスホッケー?」と思われる方もいるかもしれませんが、インドといってもヒマラヤ山脈の麓、標高3500mに広がる「チクタン」という氷点下の町です。昨年この地にアイスホッケーを指導しに行った関西のアイスホッケーマンのFacebookの投稿を見て連絡を取ったことが今回のきっかけで、中央のチームメイトである4年生の沖澤拡、3年生の佐藤稜、そして東京理科大大学院生の稲田健司さんと一緒に行くことになりました。

左から佐藤、沖澤の両先輩、稲田さん、小川。出発するときはご覧の通り元気でした。


ちょうどブルーズの集中練習期間と重なりましたが、ずっと前から予定していたということ、2月16日の試合にケガで出られないということ、そして「こんな経験は一生に一度しかできない」と思いが強く、行かせていただくことにしました。渡航費は約10万円。授業と部活動の合間にアルバイトをして貯めたお金です。それでも今回の旅では、その額以上の経験をすることができたと思っています。少し長くなりますが、読んでくださる方、インドでお世話になった方への感謝を込めて書いてまいりますので、最後までお付き合いいただけるとうれしいです。

2月4日(月)~5日(火) インド到着

到着するや、いきなりの強烈体験。ここはインドなんだ!

「山々に囲まれた絶景の屋外リンクでホッケーがしたい」。そんな軽い気持ちでインドに行くことを決断したわけだが、その道中は思っていた以上に長く、険しかった。成田を出発して10時間後にデリーに到着。2月4日の夜は空港のラウンジで仮眠をとり、5日の早朝に北部にあるレー空港へと飛び立った。このとき、私たちはこの旅1回目の「インド」経験を味わう。予約した飛行機は6時45分発。だが、チケットを発券し、出発時刻を確認すると「6:00」となっている! あわてて搭乗手続きを済ませてゲートに向かうと、掲示板には「6:45」の文字が。なんだ、焦る必要はなかったじゃないか。日本を飛び立ってから24時間もしないうちの強烈体験だったが、後々になって、こういうことはわりと、この地では普通であることがわかってきた。

飛行機に搭乗し、無事に着席したかと思えば、今度はなかなか機体が動かない。うーん、インド、なかなか挑んでくるじゃないか。またも不安に襲われたが、飛び立ってしまえば一瞬でレー空港に降り立った。

レー空港には、私たちを待ってくれている人がいた。チクタンのホッケーコーチングキャンプを企画している方の息子・ジェファール君と、海外を転々としながらもチクタンに住民票を持つ本城さんという日本人の方。彼ら数人が空港で待っていてくれ、握手とともに友好の印である白い布をかけていただいた。その後、レーからチクタンまでは車で5時間の移動。道路は想像以上に舗装されていて、ひたすら道を進むと、その先にはヒマラヤが見えてくる。そして山中に入り込むと、みるみる景色が素晴らしくなっていった。

チクタンに着いたのは、夕方の4時ごろ。もう日も陰り始めていた。私たちがホームステイをさせていただくのはジェファール君の家族が住む家だったが、その家に向かう道がかなりの急坂で、高地に慣れていない私たちは部屋についた頃には息が上がっていた。こうして、日本を出発して2日がかりで目的地のチクタンに到着したのだった。

私の20年間の人生において、まさか異国のこんな僻地(へきち)に来るなんて思ってもいなかったが、その景色を見たときに、長い時間をかけて移動してきた甲斐があったなと思った。本当に素晴らしい景色。目には壮大な山々が飛び込んできて、空気もとても澄んでいる。移動の途中に見たインダス川上流もとても綺麗な青色で、古代の人たちの築き上げた文明の源を見ることができて感激したとともに、人生で初めて「地球」にいることを実感した瞬間であった。

現地の人々も穏やかで、とても驚いた。海外というと、日本よりも危険という印象が強く、異国の地で日本よりも穏やかな空気が流れているとは想像もしていなかったのだ。ただ、レー空港が軍用空港としての役割も担っていることから、空港の周りでは銃を持った軍人が警備に当たっており、穏やかな空気とともに銃という恐怖を私たちは感じることとなった。文化も宗教も異なる現地の人と分かり合えるのかという不安を持ち現地入りしたのだが、少し話せばすぐに打ち解けることができ、安心した。デリー空港で食べたカレーやドミノピザの辛さに驚き、「1週間、この辛さのものしかなかったら食べるものがなくなる」「飢え死にしちゃうかも」なんて話しながら、異国の非日常を楽しみながら4人で移動をしたのだった。

以上が3回連載の1回目になります。書き出したらなかなか止まらず、ネタがありすぎたのでかなり長くなってしまいました。今日は第1ピリオドとして、あと2ピリオド、どうぞお付き合いください!

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