卒業後は、働きながらアイスホッケーの魅力を伝えていきたいという土田。ペナルティも多いが、当たりの強さには彼の「魅力」が詰まっている。


まっすぐに。気持ちも、プレーも。

まっすぐな男だ。相手がパックを持っている時は、足を使ってプレッシャーをかけ、パックを奪うと相手ゴールに向かって突き進む。華麗さよりも、シンプルかつ一途なプレースタイル。そんな自分の長所に磨きをかけ、4月に行われた関東大学選手権Aグループでは4試合で7得点を決めてみせた。 

アイスホッケーは北海道や東北など寒冷地出身のトッププレーヤーが多くを占めるが、近年はホッケータウンではない場所で育った選手がトップリーグや大学リーグで活躍するケースが増えている。土田もまた、愛知県でアイスホッケーを始めている。

 愛知県はアイスホッケーよりも、フィギュアスケートの名選手を多く生んできた土地。土田は小学2年生のときに「中日クラブ」でアイスホッケーを始め、小学5年で北海道に移り住む。

「アイスホッケーをやるんだったらやっぱり北海道がいいということで、おばあちゃんの家に住んで、そこから学校に通ったんです」。北海道はその昔、全国から集まった入植者によって開拓が進められたが、土田は、鳥取県出身の人が多かった鳥取地区にある鳥取西小へ。やがて鳥取西中へと進み、中学3年時には合同チーム「釧路西部」の一員として全国優勝を経験する。

鳥取地区には製紙業の大手・日本製紙の工場があり、工場のアイスホッケーチーム「クレインズ」は、日本でもトップクラスの名門だった(2019年3月で廃部。新チーム・東北海道クレインズとして活動を継続予定)。土田は練習の合間にクレインズの試合を見に行き、自分の将来をだぶらせた。「クレインズ、カッケーなあ。オレもこういう大舞台でやりたいなって。それと、小さいころから早慶戦を見てきて、自分もお客さんがいっぱいのところでプレーしたいと思っていました」

釧路で夢をふくらませていた土田は、中学を卒業すると再び本州へと戻った。関東の強豪・埼玉栄高校に進学したのだ。「埼玉ウォリアーズというジュニアチームの合宿が夏に釧路であったんです。そこで埼玉の人と知り合って、栄高校は北海道のチームを倒す気持ちで頑張っていると聞いた。僕の中学の同期は、みんな釧路に残って武修館高校に行くと言っていて、よし、じゃあ俺は埼玉に行って、そこでブシュウに勝ちてえなって思いました」

土田が埼玉栄高に通った3年間、武修館高はインターハイで優勝し、埼玉栄高は全国優勝に一度も届かなかった。それでも、そこでの日々は土田にとって貴重なものになった。「埼玉栄は選手が全員、寮に入るんですが、団体生活を経験できたのが一番大きかったです。1人で自分のことを全部やらないといけなくて、つらいこともあったんですけど、仲間がいるし、楽しいこともいっぱいありました。つらいことより、楽しいことのほうが多かったかな。休みになって実家に帰った時には、寮でこういうことがあったよ…みたいな話を自分から親にするようにしました。大丈夫だよ、楽しくやってるよって、それを伝えるのが親孝行なのかなと思っていたので」

高校を卒業すると、法政のオレンジのユニフォームを選んだ。「同じ栄高校で、大好きだった上村光輝先輩がいたので。栄で一番よくしてもらった先輩なんです。釧路にいた時の幼なじみも多かったし、自分に一番合っているチームだと思いました」

その法政大学は今春、決勝リーグに進んで4位に。法政はかつて公式戦72連勝、インカレ12連覇の記録を持つ大学アイスホッケーの超・名門だが、復活の兆しを感じさせた「変わったのは、4年生の勝ちたいという意識。今年はやるぞ、勝つぞっていうピリッとした空気、緊張感が今のチームにはあります」

チームの中で、土田は第3セットのセンターを任されている。アイスホッケーはFW3人、DF2人の計5人で「セット」を組み、複数のセットが入れ替わりながら試合を進める。チームの力関係にもよるが、1つ目、2つ目のセット同士が拮抗している試合では、3つ目の出来が勝敗を分けることが多い。すなわち、この春の法政は、3つ目の出来がよかったということだ。

子どものころはクレインズの選手になりたいと思っていた土田だが、いま現在は、大学を出たら一般の仕事につき、自分のできる範囲でアイスホッケーの人気を高めたいと考えている。「大学は残り2年、とにかく真剣にやりたいと思います。今、日本のアイスホッケーはマイナーですが、初めて試合を見に来た人は必ず面白いと言ってくれる。どういう形になるかはわかりませんが、僕は僕として、アイスホッケーの人気を高めていけるようなことをしていきたい。もっと世の中に知ってもらえたらなと。関西との試合では、見ていて面白いプレーをしたい。見てほしいのは、スピードとチェック(体当たり)。当たりがなかったら、もうアイスホッケーではないので」

土田啓太のプレーは、彼の生き方そのものだ。ひたすらまっすぐで、チームのために体を張る。それを見た人には、土田がいう「アイスホッケーの面白さ」が、きっと強く伝わるはずだ。

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