気は優しくて力持ち。ついでにいうと「オカン」顔だ。「はい、顔はお母さんそっくりだねっていわれてます」


ブルーズだけど、ブルーじゃない。

専修大学での背番号は「72」。牧野コーチのファンなのか。いや、あちらはシゲルで、小笠原はワタルだ。「72番はセルゲイ・ボブロフスキー(NHLブルージャケッツ)の番号です。キーパーって日によって調子の波があるんですが、彼は常に安定していて、そういうところがいいなと思って」。ブルージャケッツならぬブルーズでは「35」を背負うことになった。

北海道・札幌の出身で、小学3年でアイスホッケーの盛んな苫小牧市に転校。名選手を多く生んできた緑小学校で、競技人生の第一歩を記した。「札幌の学校に行っていたときは体育はスキー授業だったんですが、苫小牧はスケート。周りの子はすごく上手に滑っていて、僕だけ出遅れていたんです。それがいやだったし、ホッケーをやっている子から、やってみないかと誘われまして」。翌年、4年生の冬にGKに。「チームにキーパーがいなくて、いま東洋大学にいる猪狩(大智)君か僕かということになって。大智が点を取ってくれないとチームは勝てなかったし、僕はもともと野球が大好きで、キャッチングが好きだったので」。与えられた状況を受け入れ、良い方向に転化させる。それが小笠原という男なのだろう。

中学は再び札幌に戻り、高校は、津軽海峡を渡って青森の八戸工大一高へ。「GKコーチの人に勧められたんです。工大一なら、スケーティングや基礎をしっかり教えてもらえるよと」。いざ八戸に行くと、技術のほかに学んだことがあった。「最初はなかなか試合に出られなかったんですが、工大一はみんなで勝利を喜び合うチームでした。選手はみんな試合に出たいものですが、たとえ出られなくても、チームが勝つために団結できるチームだったんです」

アイスホッケーのベンチには最大22人の選手が入り、GKは2人(片方はサブ)、スケーターと呼ばれるDF、FWの選手20人で構成される。スケーターは5人で1組のセットをつくり、そのセットが交代を繰り返しながら試合を進めるが、サブのGKだけは1秒も出番のないまま試合終了を迎えることがある。幸運にも試合に出られたとして、スポットライトは、たとえば決勝点を挙げたスケーターに当てられることが多い。気持ちの強さが求められるポジションなのだ。

「でも、キーパーにはキーパーにしかない喜びもあるんです。たとえば格上のチームと対戦して、ロースコアで勝った時とかはすごくうれしい」。昨秋の関東大学リーグ戦の日大戦(2-1)がそうだったし、さかのぼれば八戸工大一高3年時に日光インターハイで前評判の高かった釧路江南(北海道)を相手に、僅差ではないが5-0で完封している。インターハイでは、優勝した駒大苫小牧高(北海道)と準決勝で対戦し、1-2の接戦を演じた。自分たちより力が上と思えるチームを相手にした時、さらにいえば、相手が自分たちの倍の数のシュートを打ってきたり、自チームに反則が重なって人数が少なくなるキルプレーの時こそ、ゴーリー・小笠原弥の力は発揮されるのだ。

釧路江南高に勝ち、駒大苫小牧高を追い詰めた高校最後の日光インターハイで、小笠原は自分に「自信」が備わったことを感じたという。「専修に入ってからは、自信満々でプレーしています」。GKは良い意味でのナルシズムが必要なポジションといわれる。ガタガタすんな。俺が止めてやるよ。そんなふうに徹底して前向きにならなければ、ゴールを守ることはできないのだ。シュートは痛くて、相手は体ごとゴールに突っ込んでくる。それでも自分に暗示をかけることで、ゴーリーは恐怖に立ち向かっていくことができる。

5月18日のスターズ戦は、先発で出場する予定だ。「試合前にブルーな気持ちだと、相手を抑えることはできません。ブルーじゃなくて、グリーンくらいがちょうどいいのかな」。ブルーズだけど、ブルーじゃない。イインダヨ、グリーンダヨ。専修も工大一も緑だし。

元のページへもどる