7月上旬、群馬の高校アイスホッケーを取材した帰りに熊谷ラグビー場に立ち寄り、「トップリーグカップ」を観戦した。国内最高峰のトップリーグと、それに準ずるチャレンジリーグの計24チームが、予選リーグと決勝トーナメントで争うカップ戦。ご存知のように今秋に自国開催のワールドカップが控えているので、代表スコッドに入っている選手は出場しないが、新装なったスタジアムとラグビーの今の風景を見たくなって足を運んだ。取材ではなく、チケットを買って、友人とビール片手に楽しむ「観戦」だった。

2試合見られる当日券は2000円。販売の窓口は、地元の強豪高校の部員が担当していた。日焼けした顔で「ありがとうございます!」の声に、「冬は花園行けそう?」 「えっ、今年はウラコウ(浦和高校)が強いの?」などと応えることができたのも、試合開始の直前だったこともあるのだろう、窓口に並ぶお客さんがほかにいなかったから。熱心なファン、チームの母体企業の人たちはとっくに会場入りしていて、協会やチームのファンクラブのテントでチケットを受け取っていた人も多かった。

スタンドに続くスロープを上り、ボランティアっぽい地元の方から無料配布のメンバー表をいただく。「もう試合が始まりますよ~」の声に促されてスタンドへ。座席は一部を除いて全席自由。メインスタンドのほとんどは屋根に覆われていて、雨の心配をせずに観戦できる。この日は降水確率が高く、スタジアム上空には黒い雲。屋外のスポーツ観戦は気持ちのいいものだが、天気と風はどうすることもできないので、「屋根アリ」はアドバンテージだ。バックスタンドの大半とゴール裏には、屋根はなかったけれど。

会場の周辺は臨時の売店やショップ、イベント会場が設けられ、それを見て回るだけでも十分に楽しかった。競技団体と自治体がスクラムを組むことで、試合周りのエンターテインメント性が掛け算で向上していく。


以前、ラグビー本の制作を担当したこともあって秩父宮に頻繁に足を運んだ時期があるのだが、観戦歴の長そうな年配男性が多いのは熊谷も同じだった。それでも土曜の夜らしく、家族連れやカップルも多く、長いレンズを携えたアマチュアフォトグラファーもちらほら。観客は、16時半から始まった第1試合が約2000人で、19時からの第2試合は3300人だった。2試合目の観客数が1試合目からの通しの人数なのか、それとも2試合目単独だったのかはわからない。いずれにしても、収容2万4000人+仮設スタンドというキャパから考えると明らかに少なく、しかし不思議と寂しさは感じなかった。

実はその3日前にも、天皇杯の試合を見に大宮サッカー場(NACK5スタジアム大宮)に行っていた。水曜の夜、観衆は2500人。それでもやはり、ファンの熱は十分に伝わってきた。その競技が本当に好きで、チームが好きで、自分から進んで会場に足を運んだ人が集まると、おのずと能動的な「熱」が生まれる。サッカー場には屋根がなく、試合途中から雨が降り出して観戦環境としてはなかなか厳しかったのだが、だからこそ余計にファンの熱量が増していったように感じられた。アイスホッケーでも、インターハイやインカレの好試合は案外、立ち見ばかりの細尾リンクや旧十條リンク、帯広の森第2リンクで生まれたりする。人と人の間から試合をのぞき見る、そんな観戦環境が見る人の熱をいっそう高め、その熱が選手に伝播するのか。まあ、立ち席ばかりというのは褒められたことではないのだが。

7月3日、平日夜のサッカー場の風景。ビッグタイトルである天皇杯も2~3回戦の観客数は多くないが、こういう試合にも駆け付けるファン特有の熱が、試合の空気を温めていく。雨が降ったことで、観客同士の連帯意識が強まったようにも感じられた。


話をラグビーに戻す。2000~3000人程度の観客数であっても、試合の雰囲気はとても良く、楽しく、さわやかだった。ラグビーが好きで、だから今ここにいるんだという観客、選手、スタッフの思いが、そのまま試合の空気となって漂っていた。スタンドのあちこちには、ポロシャツの襟を立てた、おそらくはラグビーOBの中年男性。カンタベリーの、あるいはオールブラックスのポロシャツを着て、腕組みをしながらグラウンドに目をやる彼らから、人生の疲れは感じ取れなかった。「俺はラグビーの世界の住人だ」という誇りが、体全体から発散されていた。

偏見を承知でいうと、「俺はこの競技を心から愛してんだ」という空気は、ラグビー、そしてアメリカンフットボールの人間が特に強いように思える。関西の大学に通っていたせいかもしれないが、「ラグビーやってるヤツに悪いヤツはいない」「アメフトは泣けるスポーツやで」みたいな言葉をさんざん耳にしてきたし、新入生を勧誘するときには、当然のようにラグビーやフットボールと競合になり、見事にこの2つのクラブに持っていかれたものだ。

その当時は、「アイスホッケーは大学のグラウンドでプレーしているところを見せられない」のが、1年生を持っていかれる理由だと思っていた。いま考えても、間違ってはいないと思う。ただ、その時よりも人生経験を積んできて思うのは、アイスホッケーには、ラグビーやフットボールのような「競技哲学」があるだろうかということだ。

ラグビーをやったことがなくても、「One for all.All for one」という、この競技の精神性は多くの人が知っている。いつだったかビッグゲーム当日に大雪が降り、ラグビー協会や秩父宮に「今から雪かきをしに行きます」と全国のファンが電話をかけてきたエピソードを何かで知ったが、「選手」「関係者」「ファン」という枠を超え、ラグビーとは「One for all」のスポーツなんだという競技哲学が彼らの根っこにあるのだというのがよくわかる。

アメリカンフットボールは「アサイメント」のスポーツだ。チームの1人1人に役割が与えられ、その仕事に、上も下もない。QBのように外見上は花形のポジションもあれば、一度もボールを触ることなく体当たりばかりで試合を終える者、相手の戦術を分析するアナライザー、攻撃・守備のコーディネーター、チアに至るまで、個々が自分に与えられた役目を全うする。チームを構成する全員が主役。なんとなく、アメリカという国における「社会」の姿を反映しているように思える。

熊谷のソウルフード「ホルどん」。甘辛く炒めたホルモンを焼きうどんに絡ませたもので、埼玉県北部の飲み屋ではおなじみのメニューだ。早々と完売になるほどの人気で、幸運にも最後の1つを手にできた。全部食べたかったが、友人とシェア。やっぱ「One for all」でしょ。


アイスホッケーはどうだろう。ラグビーやフットボールのように、競技哲学と呼べるものはあるだろうか。「氷上の格闘技」。まあ、外れてはいない。「地上最速の球技」。確かにイメージ的にはそうだ。しかし、それとは別に「これがホッケーマンの誇り」というものは、どういうわけか、いまだ確立されていないように感じられる。

正解はないので断言もしないが、個人的には「他人のために自己犠牲をいとわない」のがアイスホッケーの素晴らしさだと思っている。味方のために、痛みに耐えてパックを守る。次に出てくるセットのために、少しでもいいフェイスオフスポットを取ろうと体を張る。ビッグプレーの陰にある、数字に表れない仕事をチームのためにするのがホッケーマンの「誇り」ではないかと。東京ブルーズの創設試合に力を貸してくれた矢野倫太朗さん(中央大学OB)は、「仲間のために自分を代償にする、犠牲になるスポーツがアイスホッケーです。こんなに仲間想いのスポーツはありません」と言っていた。現役の選手も、今はプレーしていないOB・OGも、競技の発展のために自己犠牲を惜しまない。自分ではない「誰か」のために、汗をかく。それが、今のアイスホッケーの状況を打破する最大かつ唯一の方法ではないかと思う。

ラグビーはワールドカップを控えて露出度が高まっていて、観戦に訪れた熊谷でもドラマの撮影が行われている。観戦の翌日、さっそくその番組を拝見すると、見覚えのある選手やOBが出演していた。今はラグビーにとって大切な時期で、だからこそ多くのラグビーマン(ラグビー・マガジンによると、ラガーマンではなくラグビーマンと呼ぶのが本流のようです)が、「One for all」の精神で出演したのだろう。

どの競技にもしんどい時期は必ずあり、しかし、そこに競技哲学や、立ち返ることのできる精神性があれば、それをよりどころに、きっと乗り越えることができる。アイスホッケーにまつわる人すべてを結びつける競技哲学とは、なんだろう。その宿題を持ち帰ることができたのが、この日のラグビー観戦の最大の収穫だった。

(アイススポーツジャパン代表 山口真一)

メイングラウンドの横にある第2グラウンドで、試合を控えたチームがウォーミングアップ。屋台の食べ物を頬張りながらファンが見入っていた。なんということはないのだが、試合前の様子を見せることが素晴らしいファンサービスになっていた。

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