9月中旬、カナダに行く機会があり、オンタリオ州のオークビルに滞在した。羽生結弦、紀平梨花というトップスケーターが出場したフィギュアスケート「オータムクラシック」を取材するためだ。取材の申請が出版社名義だったので、この「アイスポ!」で大会の模様について報じることはできないが、いずれどこかの機会で、フィギュアスケートに関しても記事を書きたいと思っている。というわけで、今回もいつもながらのアイスホッケーの記事をお届けする。

カナダ入国は9月9日。おりしも台風が関東を直撃した日だが、なんとか目的の便に搭乗することができた。行き先はトロント。NHLの名門・リーフスがあり、ホッケー殿堂やレストラン「ウェイン・グレツキーズ」がある有数のホッケータウンだ。

トロントの玄関口はピアソン国際空港。入国審査、すなわちその国で最初にしゃべる現地人といきなりホッケーの話になるのもカナダらしかった。

「お、カナダは初めてかい? なして来たんだ?」と審査官。

「実は15回目なのさー。フィギュアスケートの大会と、時間があればホッケーの試合も見たいと思ってんだけど」と私。

「したっけ、まだNHLは開幕してねえベ?」

「いやー、ジュニアのリーグは始まってるって聞いたもんで。でも、兄さんはあれかい、やっぱリーフスのファンなのかい?」

「そりゃ、リーフスファンさー。そっかあ、トロントはチームがまず多いから、いろんなリンクに行ってみるといいんでないか? ほれ、パスポート」

「おー、ありがと。したっけ、また」

「いやあ、かえってなんも。したら!」

そんなやり取りを経て、タクシーでオークビルのホテルに着くと、ホテルの隣には「ティム・ホートンズ」。日本にはなじみが薄いが、カナダではどこに行っても見かけるコーヒーとドーナッツのチェーン店で、朝4時から深夜まで開いている。創業者のティム・ホートンは、195060年代にリーフスで活躍した名プレーヤー。開店時間が早いのは、ホッケーの練習に行く子どもに朝食代わりのドーナッツを、送り迎えをする親にコーヒーをサーブするためだ。この店のコーヒーに砂糖とミルクを2人分入れた「ダブル・ダブル」は、カナダなら誰もが知っている懐かしの味。もちろんホッケー殿堂にもティム・ホートンの資料が展示されている。

羽田からトロントは約13時間。台風の影響で早めに家を出て、しかも飛行機の出発が遅れたために、一日がかりの移動になった。疲れてホテルから出る気になれず、夕食はティム・ホートンズ。部屋に戻ってテレビをつけると、まさかのアイスホッケー中継だ。カナダ中部のジュニアリーグでは、OHL(オンタリオ・ホッケーリーグ)に次ぐレベルを誇るOJHL(オンタリオ・ジュニアホッケーリーグ)。ローカル局ではあるが、夜7時から堂々の2時間放送だ。OHLは選手にギャランティが発生するので、ドラフトにかからなかった場合はNCAAへの推薦を受けられないが、OJHLは完全なアマチュアのため、NCAA進学の道が開けている。OHLは徹頭徹尾プロ志向、OJHLは大学を目指す選手が多く所属するリーグだ。

空港でも、コーヒーショップでも、テレビをつけても「アイスホッケー」。カナダはやはりホッケー大国であり母国なのだと、あらためて実感した。

10日はホテルでフィギュアスケート取材の下準備をして、カメラマンと合流。カメラマンはニューヨークから移動してきたばかりで外出する元気がなく、夜は1人でトロントに行くことにした。オークビルからトロントへは「GO」という私鉄を利用して1時間。夕方、列車に乗り込むと「ジェイズ・ファン」でいっぱいで、一瞬、スカイドーム(ロジャーズ・センター)でのメジャーリーグ観戦へと気持ちがグラついたが、私はやはり「ホッケー・ファン」。初志貫徹、ユニオン駅で列車を乗り換え、スケートリンクを目指した。

目的地は、「スコシアバンク・ポンド」という4面のリンクを持つ施設。トロント中心部から北に向かったダウンズビュー・パークのスポーツコンプレックスにある。隣には小さな空港と航空学校があり、味の素スタジアムのような立地環境だ。

このリンクは、GTHL(グレータートロント・ホッケーリーグ)の主会場。9歳~16歳の少年プレーヤーが、ミジェット(20022003年生まれ)、ミジェットジュニア(03年生まれ)、マイナーミジェット(04年生まれ)、バンタム(05年生まれ)、マイナーバンタム(06年生まれ)、ピーウィ―(07年生まれ)、マイナーピーウィ―(08年生まれ)、アトム(10年生まれ)、マイナーアトム(10年生まれ)と、1年ごとにカテゴライズされたリーグでプレーする。レベルとしては、カナダでもトップのリーグだ。

まず、びっくりしたのが、4面のリンクが十字型に隣接していて、リンク間の移動がとてもスムーズなこと。そもそも、4つのリンクの扉が半径5メートルの距離にある。強化、育成が目的なのはもちろん、このリーグは「ショーケース」でもあるので、1人でも多くの選手がスカウトの目に触れやすくするためでもあるのだろう。

館内の人の多さにも驚いた。送り迎えのお父さん、お母さんが、リンクの中にあるパブでビールを飲み、子どもたちのプレーを見ながら騒いでいる。パブの横にはハンバーガーやチキン、プティン(芋で作ったトロント名物のおやつ)を売る店があり、選手の兄弟なのか、こちらは子ども同士で盛り上がっている。リンク以上に、通路やロビーがにぎやかで、アイスホッケーを媒介にしたコミュニティが成立していた。

プレーのレベルは、もちろん高い。ただ、スケーティングに粗さがあったり、ストロングサイドで強引なプレーをする選手がいたりと、その日見たのが15歳のリーグだったこともあって将来像まで想像することはできなかった。千葉出身の古川逸暉もGTHLでプレーしていたが、ミドルティーンの段階で、具体的な将来までを思い描くのは難しい。ただ、リンクサイドにはいくつものチームの部室があり、GTHLだけでも、とんでもない数の選手がいることは理解できた。4面のリンクに次から次へと選手がやってきて、各年代ごとに試合が行われる。選手層という点では間違いなくカナダは世界一で、それはおそらく、これからも永久に変わることはないだろう。

せっかくなので、リンク内のプロショップにも行ってみた。記念に、ローカルチームのTシャツを購入。棚には、ユニークなフレーズが書かれたオリジナルTシャツも並んでいた。その中の1枚が「No Time,No Money.I’m Hockey Mom」。選手だけでなく、送り迎えのお母さん向けの商品が売られているあたりが、いかにもホッケー大国だ。

日本から見ればうらやましいことだらけのように見えるカナダだが、ホッケー人口が多いぶん競争も激しく、プレーを続けても希望通りの進路につけるとは限らない。大半の選手が、どこかのタイミングでホッケーの道に区切りをつける。だからこそ実際に夢を実現したNHLプレーヤーは尊敬されるのだが、たとえ夢がかなわなかったとしても、ホッケーを通じて夢を追うこと自体が、この国では「幸せ」であるように感じられた。

テレビで、アリーナで、ホッケーの試合を見る。カッコいいな、自分もああなりたいなと憧れが宿る。何しろ教育番組を見ていても、普通にホッケー選手が出てきて「やあ、みんな元気? お母さんの言うことをちゃんと聞いてる? 宿題は終わったかな?」なんて話しかけてくる国なのだ。

子どもが、自分の夢をアイスホッケーに重ねてパックを追う。親は、それを応援する。「No Time,No Money.I’m Hockey Mom」。お金も、自分の時間も、子どものためなら惜しくない。親にとって、子どもが夢中になっているものを応援すること以上の幸せがあるかしら。そんな誇りが、ユニークな言い回しの中に感じられる。

スコシアバンク・ポンドに滞在したのは3時間。駅に向かって夜道を歩きながら、日本のリンクの風景を思い出した。深夜、釧路の柳町リンク、あるいは苫小牧の白鳥や沼ノ端の駐車場。目を凝らすと、昼間の仕事の疲れか、車の中で目を閉じ、静かに子どもの練習が終わるのを待つお母さんの姿がある。子どものために自分の時間とお金をかえりみないホッケーママは、カナダだけでなく、日本にもちゃんといる。

日本のホッケーママは、パブで騒ぐこともなく、自己主張もしない。それでもこの国のアイスホッケーは、間違いなく彼女たちによって支えられてきた。選手だけでなくお母さんにも光を当てるカナダは、だからこそホッケー大国であり、でも、陰で競技を支えている人に感謝を示すことは、日本でもすぐにできることなんじゃないか。トロントを去る列車の中で「ダブル・ダブル」を飲みながら、そんなことを考えたのだった。

(アイススポーツジャパン代表 山口真一)

オークビルのリンクは、OJHLのブレイズのホームアイス。こちらもパブが併設され、試合のない日でも送り迎えの親たちがビール片手に親交を深めていた。ちなみにオークビルもアイスは4面で、こちらは横に並んでいた。

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