有事にも心を乱さず、できることをやる。

彼は今日も川べりに立つ。黒のTシャツに黒の短パン。なぜか髪は七三分けだ。本人に確認したところ、ロケ地は「千葉」だという。

あるときはジャンプ、あるときはスクワットにいそしみ、映像に収めてツイートする。必要以上にアピールすることなく、ただ黙々と。偶然そこを通りがかった人は、おそらくギョッとするだろう。

そこに儲けは発生せず、しかし彼はアスリートとして「今、自分にできること」を貫く。中央大学入学時から代表に選ばれ、現在はクレインズ。東京ブルーズでも初代キャプテンを務めてくれた蓑島圭悟を見ていると、かつて埼玉栄高校でコーチを務め、今は故郷、カナダのサスカチュワンで事業を営むジェフ・チョーミンの言葉を思い出す。

当時、私の家は埼玉の上尾で、埼玉栄高校の合宿所は隣の大宮。だからジェフとは一緒に食事をしたり、並んで試合を見ることも多かった。その時の経験が、今でも試合を見る上で、視点の基盤になっている。

日本リーグに大学リーグ、高校生の東日本選抜や6地域対抗、さらには全中、全ちび。どの選手がうまいのかはだいたいわかるけど、ねえジェフ、あなたは選手の精神力をどこで測っているの? 彼の答えは端的だった。

「ハードヒットを食らったときに、その選手の本当の姿が見える」

敵から狙われるということは、実力を認められている証拠だ。では、反則すれすれの、あるいはペナルティになるようなチェックを敵から浴びせられた時、その選手はどんな態度をとるのか。

おおよそ、3つのタイプに分類される。

まず1つ目は、頭に血が上って、相手にやり返すことにエネルギーが向く選手。2つ目は、やられたことをアピールしつつ、すごすごとベンチに帰っていく選手。3つ目は、痛みや怒りを表に出さず、淡々とプレーを続ける選手。コーチとして、スカウトとして、どのタイプの選手に魅かれるかはいうまでもない。

ご存じのように、アイスホッケーにはペナルティ・キリングと呼ばれる時間がある。あるいは、同点や勝ち越しを狙ってゴーリーを氷から上げる「Do r Die」、いわゆる6人攻撃を仕掛ける時間帯もある。

そのとき、チームが命運を託して送り出すのは、どんな選手か。

普段は威勢がいいくせに、いざとなるとビビるヤツ。すぐあきらめるヤツ。周りをしらけさせる言葉や顔を表に出すヤツ。自分は関係ねえよと責任逃れをするヤツ。すなわち、感情をコントロールできない人間に、重要な仕事は回ってこない。

焦ってしまいがちな場面だからこそ、冷静に、今やるべきことを自分に言い聞かせて行動に移せるヤツ。コイツを出して負けるなら納得できると、周りに思わせるヤツ。ここぞという場面で氷の上に出ていくのは、そういう選手だ。

つまり、有事の今、複雑な思いを押し殺し、黒シャツと短パンで黙々とトレーニングに打ち込んでいるような男こそ、大事な局面を任せられる人間であるということだ。


前例のない事態には、前例のない答えが必要になる。

過日、大学4年生のプレーヤー、さらにトップリーグのスタッフと、メールでやりとりする機会があった。2人とも、次のリーグ戦が秋に開幕できるのかどうかをとても気にしていた。それはそうだ。学生最後のリーグ戦は、多くの最上級生にとって、競技としてアイスホッケーに打ち込む最後の機会だ。トップリーグも、仮に1シーズン試合ができなくなったら、チームも、リーグも、存続を問われる事態になりかねない。

個人的に、対コロナは新しいフェーズに入ったと思っている。3密を避け、「うつらない」「うつさない」努力を続けるのは当然としても、急増する罹患数からみて「いつか自分もうつる」ことを頭に入れて生活すべき時期を迎えたのではないかと。この状況が収束するには、国民の大多数が免疫を備えるか、ワクチンの開発を待たなければならない。それが、通常ならばホッケーの開幕時期である秋までに間に合うのかどうか。この競技が基本的にインドアであることを考えれば、状況は厳しいといえるかもしれない。

しかし、仮に「秋の開幕」が無理だったとしても、シーズンをすべて休止にしなければならない理由はどこにもない。

この状況が長引き、たとえば「年内の試合は無理」になったとして、リーグの開催自体をあきらめなくてはならない理由がどこにあるだろう。ワクチンができるのが、このウイルスの発症から1年後の2021年1月だと仮定する。それなら極端な話、大学生は2月~3月にリーグ戦を行えばいい。

今、最終学年を迎えている選手の多くは、2021年3月いっぱいは「大学生」だ。であれば、ギリギリ粘って2月~3月なら、全学年がそろったリーグ戦を開催できる。

もともと、2月~3月は学生アイスホッケーの空白期だ。大学の授業が休みになり、本来ならウインタースポーツとして力を伸ばすべき時期なのに、トッププレーヤーのほとんどは氷に乗ってすらいない。まして授業がないのだから、平日の昼間も試合ができる。関東の1部リーグなら週2試合、8校総当たりの2回戦制でも、1カ月半あれば消化できるだろう。平日昼間の貸し切りが埋まらないスケートリンクにとっても、悪い話ではないはずだ。

話を広げれば、トップリーグも秋の開幕にこだわる必要はないということだ。2021年が明けてから開幕し、4月半ばまでレギュラーリーグを行い、そのまま世界選手権に突入すれば、代表選手のコンディションを整える時間的ロスもなくなる。もちろん秋に開幕できればそれに越したことはないが、仮にそれがかなわなくても、チームとリーグの存続のために、時期的なものを度外視して、まずは試合をやりきることを優先すべきだろう。

戦術にしてもシュートコースにしても「絶対」というものはなく、成功の「可能性を高めていく」のがスポーツだ。「例年通り9月開幕を予定していましたが、今月は中止です」「10月は試合ができると思いましたが、日程を短縮します」「11月も…もう大会として成立しないので今シーズンは中止です」というのが最悪のシナリオで、できうる限りの策を講じ、全日程を消化する可能性を高めていくのがスポーツライクだと思う。

今、日本のアイスホッケーは「Do r Die」だ。前例のない問題を突きつけられているのだから、解答用紙に書き込む答えも、前例のないものになるのが当たり前だ。

ハードヒットを食らったときに、その選手の本当の姿が見える。

心を乱すことなく、その時、その時でやるべきことをやる。それがチームのピンチを救い、勝利につながっていく。コロナとの戦いは「キルプレー」だ。まずは落ち着いて顔を上げ、残り時間を確認しよう。あきらめる理由はどこにもない。苦しい時間を乗り越えればチャンスが来ることを、私たちホッケーマンは誰よりも知っているはずじゃないか。

(アイススポーツジャパン代表 山口真一)

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