遅咲きのプレーヤーがトップリーグの世界に足を踏み入れる。3月に関西大学を卒業したFW、ロウラー和輝。出身高校は関大一高、大阪の高校を出てのトップリーグ入りは、古河電工GKの青木輝成(柏原高、臨海クラブ)以来だ。

幼稚園のころ、大阪で仕事をする父を残して、母、兄、姉とカナダ・カルガリーに渡った。そこでネイティブな英語を身に着けるのが目的だったが、その日々の中でアイスホッケーと出会った。「カルガリーの家の前がリンクで、近所のおっちゃんとホッケーやってました。サドルドームにも2回、行きましたね」

父・ビンセントさんはカナダ人。しかし家族の中でホッケーをやっていたのはロウラーだけだった。小学3年で日本に戻り、神戸のジュニアチーム、ポートアイランド・ジェッツへ。「当時は、ホッケー選手になるなんて考えてもいなかったです。それほどうまい選手でもなかったですし。それが中学くらいから、だんだんホッケーが楽しくなり始めた。自分で考えて練習するのが、楽しいなあと思えるようになったんです」

高校は、スポーツ推薦で関大一高に進学した。「親は、北海道の高校ではなく、関大一高で勉強を頑張りながらホッケーをやらせたかったみたいで。関大の試合は、高槻のリンクまでよく見に行っていました。関大一高から関大というのは、自分にとって理想のコースでした」

関大一高での3年間、ロウラーはインターハイで1勝もしていない。全国大会での勝利は、2年夏の全国選抜・龍谷富山との敗者戦の1試合だけだ。「武修館や日光明峰とも試合をしましたが、残念ながら差がありすぎて(笑)。このまま関大に入っても、自分は通用しないんじゃないかと思いました」。強豪校との試合では、パックドロップと同時に相手がパックを支配し、そのまま60分が過ぎていく。「トップレベルの選手と比較しようがなかった。自分の実力はどの程度なのか、まったく測れなかったんです」

2017年の春に関大に入学。ロウラーにとって初めて経験する、全国レベルのホッケーだった。「関大にはそれまでも関大一高の先輩が行っていたので、大体の予想はついていました。もう、やるしかなかった」

練習最初のスタンディングパスで、差を痛感した。速くて重い、先輩からのパスをスティックのブレードでうまく吸収できない。1回生(1年生)のスタートは、1人だけ「6セット目」。それが1カ月後には4つ目に上がり、デビュー戦には3つ目のセンターで出た。「僕にはやることが多くて、でもそのぶん、練習は楽しかったです。関大にはリンクをフリーで使える時間がけっこうあって、今日は何を練習しようかと、いろいろ考えるのが楽しかった」

ロウラーはやがてU20の代表合宿に召集される。「大学に入ってすぐに選んでもらった。ということは、大学4年間という時間があれば、この年代でも上のほうにいけるんじゃないかって。僕はこのとき初めて、1人の選手として自分の実力を測ることができたんです。スキルも経験も、当時はまだ圧倒的に下のほうだったんですが、このまま頑張っていけば上にいける、と」。学年が上がり、ロウラーはトップリーグの練習にも参加するようになる。やがて、晴れて入団の内定を勝ち取った。

大学に入った時点では「パスレシーブを失敗したらどうしよう」と固くなっていた青年が、そこから3年でトップリーグにまで駆け上がった。「これからは、さらにスピードと状況判断が重要になってくると思います。今すぐトップリーグで活躍できるかといわれたら、ちょっと難しいかもしれません。でも、チームの練習に参加してみて、自分は順応できる、適応できると感じました。そこはすごく自信があります」

昨秋、関西学生リーグは全試合がエキシビションマッチ扱いとなり、ロウラーを除く関大の4年生は9月上旬に部を引退した(主将だったDF高井優希は横浜グリッツでプレー)。唯一、部に残ったロウラーは、リーグのMVPを受賞。「最終学年は、インカレで優勝する気でいましたし、それができるチームだったと思います。リーグ戦がエキシビションになり、インカレもなくなりましたが、いかに選手としてうまくなるかを考えていたので、モチベーションが下がったとか、そういうことはありませんでした」

この6月から、プロのホッケープレーヤーの道を歩むことになる。「チームが厳しい場面で使ってもらえる選手になりたいです。そういう場面を任せてもらうことに喜びを感じるタイプなので、できるだけ責任を与えてもらいたい」。プロで経験を積んで、それを基に将来はコーチになる目標もある。

2つの質問をロウラーにしてみた。アイスホッケーが身近とはいえない関西からトップリーグへ。その道がつながったのは、何が大きかったのか。

「とにかくホッケーが好きだったということと、でも逆に、トップリーグを目標にしていなかったのがよかったかもしれません。プロになろうと思って北海道に行って、高校で試合に出られない人をいっぱい見てきました。僕は関西に残りましたが、いま何をすれば上達できるのか、自分で考えながら練習できた。それが、最終的にいい方向にいったのかなと思います」

もう一つ。将来、ホッケーのコーチになったとき、「関西からトップリーグに行きたい」という子にどんな言葉をかけるのか。

「う~ん、なんと言うでしょうね。けっこう、現実的な話をすると思います。上に行くためには、ここを伸ばす必要があるよとか、ここが課題だから練習していこうねとか、そういう具体的な話をするんじゃないでしょうか」

夢を持つこと、あきらめない気持ちを持つことは、とても大切だ。その道で成功するには、それが大前提にもなる。しかし、それだけで目標が叶うかといったら、きっとそうではないだろう。

今の自分にとって、正しい努力とは何なのか。それを考え、実践して、その過程を繰り返す。大学に入って芽生えたロウラーの夢は、その積み重ねの末に実を結んだ。そしてその実は、これからさらに大きくなっていくのだろう。

(取材/山口真一)

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