2021関東大学リーグ戦・1部リーグA最終週(11月23日・西東京市・ダイドードリンコアイスアリーナ)

第3試合 東洋(7勝・勝点21) 7(1-1、4-1、2-0)2 早稲田(4勝3敗・勝点13)


試合の折り返しを過ぎた31分。東洋はDF武部太輝(3年)、さらに1年生のFW大久保雅斗が連続ゴールを決めて4-1、早稲田に3点差をつけた。

直後、東洋のベンチから声が上がった。

「さあ、ここからだよ! ここから!」

声の主は鈴木貴人監督。前述のように、この31分、東洋は20秒足らずで2ゴールを奪った。早稲田にとっては、かなりのダメージになったはずだった。しかし鈴木監督は、あえて「ここから!」と声を上げたのだ。

2日前の21日。ライバル校が勝ち点を奪い合い、首位の東洋が10年ぶりのリーグ優勝を決めた。春のトーナメントに続く2タイトル目であり、自動的に12月の全日本選手権の出場権も手に入れた。それでも東洋はベストの布陣をいじらず、本気で7勝目を取りに来た。そして試合中盤、勝敗の大勢を決める連続ゴールを奪ってなお、「ここから」と気を引き締めた。

鈴木監督の「ここからだよ! ここから!」。それは「1部リーグAの8校の中で、このチームだけは他の7校とは違うところを見ている」と思わせる光景だった。

春のトーナメントを見ていた人は、この秋の東洋を見て驚いたはずだ。過度のハードヒット、報復のチェック、カッカしたりイライラしたりする姿が影を潜め、選手と審判とのコミュニケーションも、これまでになく円滑だったからだ。選手同士の連係もスムーズで、PKではDFが声を掛け合い、バックドアとバンパーをケアしていた。

そして何より、個の技術に頼るプレーが悪目立ちしていなかった。それを象徴していたのが3年生の大型DF・武部であり、石田陸の動きだ。これまでなら、パックを持つとシュートで終わることの多かった(それはけっして悪いことではないが)2人が、自分よりもいいポジションにいる選手を見つけると、素早くその選手にパックをつないでいた。それが、周りの4人を合わせた「セット」の強さに結びついていた。

20日の中央戦は5-3の辛勝。武部はその夜、鈴木監督から注意を受けたのだという。「もっと味方を使え、味方を信じろ、と。僕は昔から自分で持っていくタイプなので、正直、戸惑う部分はあるんです。でも卒業後はトップリーグに行こうと思っているので、そこでこれまでのようなプレーが通用するとも思えない。だから今のうちに、上で通用するプレースタイルを身に着けようと考えるようにしました」(武部)

23日の早稲田戦で武部は3ゴールを決めた。1点目はゴール前に詰めてこぼれ球をたたき、2点目はドライブインしてシュート、リバウンドを自ら押し込んだ。3点目は右スロットでパスを受けてのミドルシュート。周りとの速いパス交換もあれば、武部らしいパックキャリーで奪った得点もあった。個人の強みと、周囲との連動。その絶妙なバランスを感じさせた。

 

チームの変化を、鈴木監督はこう証言する。

「ウチは卒業後もトップレベルでホッケーを続ける選手が多いので、それを見据えて指導しています」

「我慢すること、ペナルティでやり返さないとか、どうやってチームに貢献するかというのを選手が考えてくれるようになりました。気持ちの部分で春から成長したと感じますし、それが結果に表れたということではないでしょうか」

「一昨年のインカレで優勝して、学生日本一になった。次のレベルの目標設定として、アジアリーグと対等に戦えるチームをつくっていきたいと思っています」

「ここから!と言った理由ですか。あの時点で、決勝点が何点目になるのか、それは誰にもわからないじゃないですか。結果的に5点目、6点目が決勝点になるかもしれないんだから、4点目で安心するわけにはいかない。だから、ここから!と言ったんです」

 

リーグ優勝を決めた瞬間から、チームは全日本選手権に向けて走り始めた。そう話すのはリーグМVPに選ばれたキャプテン、FWの小堀雄太郎(4年)だ。

「この秋は、明治に勝ってリーグ優勝への自信を深めて、中央に勝った後は全日本で勝つことが新たな目標になりました。選手同士で話し合ったのは、今のままでは全日本では勝てない、ということ。チームが設定した目標はベスト4です。しっかり準備して、アジアリーグを倒すつもりで戦います」

東洋が目指す照準は、大学のライバル校からトップリーグへと移った。鈴木監督が発した「ここからだよ! ここから!」は、その号砲だったのかもしれない。

 


1部リーグAの最終日、1123日は4つのカードが組まれたが、そのうち最初の2試合は、対戦するキャプテンが同じ高校の出身だった。第1試合、大東文化のキャプテン山崎絢志郎(4年)と慶應義塾のキャプテン振津直弥(4年)は、4年前まで同じ埼玉栄高のFW。試合は2-1、PS戦で慶應が勝ったが、振津はサスペンションで不出場。山崎もケガのためにほとんど出番がなく、氷上でのマッチアップはかなわなかった。

この秋だけでなく、山崎にとってはケガに泣かされ続けた4年間だった。キャプテンを任された今季も、ベストなプレーを仲間に見せることができず、歯がゆい思いをしてきた。「もしかしたらもう、1試合も出られないんじゃないか。そう思ったこともありました。でも、たとえ1試合しか出られなくても、その日のためにベストを尽くす。そういう姿を見せることが大事なんだと思って練習してきました」。チームで立てた目標は「秋リーグで2勝」。しかし結果は7戦全敗、この日PS戦に持ち込んだ慶應戦で勝ち点1を挙げるにとどまった。「それでも、最後まで走り切る技術がついたことは、今日の慶応戦で証明できたと思います。高い意識を持ってインカレに向かっていきたい」

山崎の高校・大学の先輩にあたるFW松渕雄太と茂木慎之介は今、横浜グリッツに在籍している。この日、60分を1失点で切り抜けたGK丹治大輝(2年)も、やはり埼玉栄高の出身で、トップリーグ入りを狙っている1人だ。その丹治は、慶應とのPS戦を終えると氷上に突っ伏してなかなかリンクから上がれなかった。どうやら1ピリの接触プレーで、脳震盪のような症状が出たらしい。それでもゴールの前に立ち、必死に守り続けたが、箇所が箇所だけに美談にはとどまらない。救急車で運ばれたが、大事に至らなければいい。


第2試合の日本大-法政戦は、北海高出身のキャプテン、FW中道歩輝(4年)と伊藤俊之(4年)の対決でもあった。中道率いる日大は、この秋は2勝5敗で7位。2勝のうち1勝は、中央とのPS戦を中道自ら制して挙げたものだ。

「あの中央戦は、1-3から3ピリで追いついて、みんなの努力でPSに持ち込んだ試合です。僕はPSの3人目で、それまで(日大と中央を合わせて)5人全員が外していたから、気持ちは割と楽でしたよ」と中道は笑う。

日大は中央戦の3日前、明治に0-12で大敗した。それが中央戦への気持ちの高まりにつながったと中道は言う。「僕が日大に入って、ランニングタイムの試合をしたのはあの明治戦が初めて。なんていうか、本当に屈辱的でした。でも、あの試合を経験したことで、もう1回気持ちを入れ替えようとチーム全員が思った。中央戦は、そういう中で迎えた試合だったんです」

中道は入学1年目のインカレで、「日大史上最高試合」といわれる慶應戦を経験している。0-1と慶應にリードを奪われ、しかし5959秒に同点ゴール、GWSの末に勝利した語り草の試合だ。「あの同点ゴールは、僕のフェイスオフからの得点でした。今度のインカレが僕ら4年生にとって最後の試合になりますが、3年前のような試合をして、後輩たちにいい思いを残してあげたい」。3年前のキャプテン・FW江良明眞は、やはり北海高の出身。不思議な縁を感じながら、中道はインカレへと思いを馳せている。

 


屈辱を味わった日大が「再起の一戦」として戦った11月6日。逆に、そこで苦い思いを味わったのが中央だった。あの日の1敗は、優勝を狙う中央にとって最後まで重くのしかかった。

あの11月6日、中道と同じ「PSの3人目」を任されたのは、やはりキャプテンのFW矢島翔吾(4年)だった。矢島は、日大戦の敗因は「気持ち、その一点に尽きる」と振り返る。「はっきりいえば、勝負をナメていたんです。まあ普通にやりゃ勝てるだろうと、気持ちが向いていなかった」。しかし結果的に、あの日大戦がチームを良い方向に「変える」きっかけになったという。

23日、リーグ最終戦で矢島は爆発した。ボード際を駆け抜ける足、スピードに負けないハンドリングとシュート。快足ウイングとして王子で活躍した父・敏幸さんの姿がダブった。「どうして今日、こんなにやれたのか。う~ん、わかりません。これが今までできなかった理由もわかりません(笑)。ただ、僕は入学前から、中央対明治は特別な試合だと思っていた。4年間のリーグ戦の最後が明治戦、そういうものが自分の中にあったのかもしれません。僕はこれまで、プレーでチームを引っ張ろうと思ってやってきたんですが、キャプテンって難しいです。本当に、やればやるほど難しい」

 

この日、中央は4-2で明治を下したが、矢島は4得点のうちの3ゴール、先制の1点目ではアシストも記録している。そしてその4得点とも、1年生のゴール、アシストがついた。その1年生、FW種市悠人と堤虎太朗は、ともにアンダー代表に選ばれたためにインカレに出場できない。「でも、秋リーグからインカレにかけての伸びしろは、中央が一番あると思っています。全員で乗り越えていかなくてはいけないし、乗り越えられると思っています」と矢島は言った。「きりかえて、いこう」。アリーナのコーヒーの広告看板が、矢島にそう語りかけているようにも見えた。

この日を境に、東伏見の主役はディビジョンⅡ(2部リーグ)以下のホッケーマンに移った。そして学生のトッププレーヤーの舞台は全日本選手権、さらに帯広インカレでクライマックスを迎える。

(取材・山口真一、写真・森健城)

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