大澤ちほが泣くのを初めて見た。

2月12日、北京五輪・女子アイスホッケーの決勝トーナメント準々決勝。スマイルジャパンとフィンランドの試合は、1-7でフィンランドが大勝した。この試合に勝てば「トップ4」。現状、カナダとアメリカに勝つのは難しく、スマイルが目標とする(銅の)メダルのためには、まずフィンランドに勝ち、3位決定戦にも勝つというのがマストだった。しかし準々決勝はスコアが示す通りの内容だった。

試合後、DFの柱・床亜矢可は呆然としていた。「試合前は、負けるイメージは全然なかったです。パックへの貪欲さ、体の当たり…。これまでの(予選リーグの)相手とは全然違いました。自分たちのホッケーをさせてもらえなかった」

「この北京五輪が集大成になる」と公言していたセンターの米山知奈は、報道陣が待つミックスゾーンに現れた時から泣いていた。「日本の皆さんが思い描いていた結果ではなくて、すみませんでした」。それでも記者の質問に答えるうちに落ち着いてきたのだろう。「若い選手が強いスマイルをつくってくれました。これからは1人のファンとして応援します。ホッケー人生で3度もオリンピックに挑戦できるなんて思わなかったです」。最後には笑顔も見られた。

記者の輪がとけ、雑談ができそうなタイミングを見計らって米山に声をかけた。これまで、雑誌の企画などでお世話になった選手だ。一言、ねぎらいの言葉をかけたかった。

おつかれさまでした。集大成の試合、存分にやりきれましたか? 

そうしたら、米山の目にまた涙がブワーッと湧いてきた。「今は、まだ試合が終わったばかりで整理しきれないですけど…。たぶん、やりきれたと思います」。涙を流しながら、でも精いっぱい笑ってくれた。

米山と入れ替わるタイミングでミックスゾーンにキャプテン・FWの大澤がやって来た。やはり目を赤く腫らしている。試合を終え、大澤はフィンランドの選手から健闘を称えて抱きしめられた。記者席からは後ろ姿しか見えなかったが、その時から涙があふれていたのだろう。

大澤は最初こそ目を赤くしていたが、記者の質問に答えているうちに落ち着いてきたのだろう、時おり笑顔も見られるようになった。ちょうど横で、やはりこの五輪が自身最後となるFW久保英恵の会見も始まっていて、「まあ、このオリンピックが終わったなという感じです」と、ハナさんらしく必要以上にウエットにならずに答えていた。そっと大澤の話に耳を澄ませると、「その可能性を感じられたら続けると思います」という言葉が聞こえる。えっ、進退に関すること? 久保の話を聞き終え、大澤の前にできた記者の輪に加わった。

途中から会見の輪に入って「さっきの言葉、もう一度お願いします」というのは、さすがに気が引ける。他の記者がいなくなったタイミングで大澤に話しかけた。

試合が終わって、米山さんと話をしていたじゃない? 何を話してたの?

「えー? 話してましたっけ?」

話してたよ。覚えてないの?

「話してたかなあ…。おつかれ! とか、そんな感じだったと思います(笑)」

ま、そんなもんか。米山さんは北京が集大成と言ってたけど、ちーやん(大澤)はこれからどうするの?

「私ですか? 私は…」

大澤はそう言ったきり、グローブに顔をうずめて泣き出してしまった。時間にして2分か、それ以上だったか。キャプテンが大泣きしているということで、なんだなんだと周りに記者が集まってきてしまった。その間も、大澤はずっと顔を伏せて泣いている。連盟の広報の人が「すみません、今日はこのへんで…」と大澤をドレッシングルームに帰そうとしたほどだった。

「いえ、ちゃんと答えたいです」。大澤は広報の人にそう言って、その場にとどまってくれた。米山に続いて大澤まで泣かせてしまって、オレはいったい五棵松体育館まで何しに来たんだろうと反省したが、質問した者の責任として、大澤の正面に立ち続けようと思った。泣き終えるまで待って、彼女の言葉を受け止めたかった。

大澤は涙を拭いてこう話した。「これまでの4年間と同じくらい、頑張ることができるのか。自分の中にその可能性を感じたら、ホッケーを続けると思います」

正直にいえば意外だった。大澤はこれからもホッケーを続けるだろう。漠然とそう思っていたからだ。そして「スマイルジャパン」の意味を思った。彼女たちは、「もうこれ以上頑張れない」というレベルで努力を重ねてきた。だから大事な試合の前でも、笑うことができたのではなかったかと。

 

フィンランド戦を振り返る。1ピリ、最初のシフトから力の差がプレーに出た。フィンランドはОゾーンのブルーラインにフタをして、そこからパックを出さなかった。「できるだけDゾーン(フィンランドのOゾーン)の時間を少なくしようと選手に言いました。それが最初からできなかった」と飯塚祐司監督。日本が攻め出そうとしても、Dのブルーラインで止められる。そこからフィンランドの波状攻撃に遭った。

それでも1ピリは1-2。フィンランドに2点を先行されたものの、日本も15分に1点を返す。2ピリ、日本はシフトごとにFWのラインを変え、フレッシュな選手を送り出す。活路を求めたのはオープンパス。Dゾーンでパックを奪ったら逆サイドにパスを送り、レシーブした選手が一直線に敵陣へと向かう戦法だ。格上の相手に対する、初歩的ともいえる戦術。「ああいうホッケーをするしかなかった」と飯塚監督は振り返ったが、それほどフィンランドと力の差があったということだ。やがて日本はオープンパスもニュートラルゾーンでカットされ、成すすべがなくなった。2ピリに2点、3ピリに3点を失い、6点差でゲームを失った。

フィンランドは点の獲り方がうまかった。開始2分の1点目、4分の2点目は、ともにスクリーンが効いていた。フィンランドのホッケーは、パスを回して、回して、いいタイミングでいいポジションでフリーになった選手がフィニッシュする。ツーワン(2人対1人)の状況をつくり出すのも上手だった。2ピリ、25分の3点目は、33番の選手がフリーでたたいてスコア。3ピリ、40分の5点目は、ツーワンからシューターがゴーリーを目で振ってからシュートを突き刺した。

48分、フィンランドはOゾーンの右のボード際で日本選手のプレッシャーを受けた77番が、右のコーナーにいた16番にいったんパックを預け、そこからダッシュでゴール前へ。16番からの折り返しをたたいてゴールした。コーナーにパックを送ってゴール前のカバーを薄くして、戻しのパスをフリーでたたいたのだ。「パスを出したらゴール前」。FWなら誰しも一度は教わる基本中の基本だが、それはつまりこういうことかと得心した。

じりじりと点差を広げられるスマイルジャパンを見て思ったのは、フィンランドと日本のホッケーにおける「カルチャーの差」だった。

北京五輪のトップ5であるカナダ、アメリカ、フィンランド、スイス、ロシア。さらには予選リーグで戦ったチェコ、スウェーデン。これらの国にあって、日本にないものは何か。男子トップリーグがその国のホッケーのカルチャーをつくり出せているかどうか、その一点に尽きる。

女子アイスホッケーは、実はその国の男子トップリーグと「両輪」だ。男子トップリーグは、その国のすべての代表チームの「前輪」で、女子やアンダー代表は「後輪」。男子トップリーグが築き上げたカルチャーが、女子代表やアンダー代表の戦いの基軸になるのだ。

スマイルと戦ったフィンランド女子代表は、おそらく子どものころからフィンランドの男子トップリーグを見て育った。男子との両輪、いってみれば自転車を漕いでいる相手に一輪車で立ち向かっても、時間と距離を重ねれば、当然、差が開いていく。フィンランドとスマイルジャパンの試合を見て思ったのは、そういうことだった。

大澤の涙を見て、思ったことがある。

日本アイスホッケーの未来のために。競技の人気を拡大するために。

頑張れ。頑張れ。頑張れ。頑張れ。

日本の女子代表、そして女子の関係者は、もう十分に頑張ってきた。彼女たちにこれ以上、何を頑張れというのだろう。

スマイルジャパンは、代表メンバーをある程度固定して合宿と遠征を繰り返し、強化してきた。その効果は、今回の北京五輪で決勝トーナメントに進出したことで実証された。そしてフィンランド戦の敗北は、そうした強化策の限界を示した。スマイルジャパンが日本を変えるのだとホッケー界は彼女たちに荷物を背負わせてきたが、スマイルジャパンがこの先の壁を超えるには、日本のアイスホッケー自体が変わらなくてはいけない。アイスホッケーにおける国力を強化することが、スマイルジャパンを強くする。そういうフェーズに来ている。

男子トップリーグを立て直し、日本人の特性を生かすホッケーを創り出す。本当に時間と労力がかかることで、10年、20年スパンで考えるべきことかもしれない。遠回りのように思えるが、では10年後、20年後に日本人の体格が欧米と肩を並べているだろうか。インテリジェンスを磨くことは、ボールゲームにおいては実は一番堅実で、一番近道で、そこから目を背けていては、いつまでたっても日本は強豪国の一角に入れない。

「日本対外国」という実にわかりやすい構図で、久しぶりにホッケーファンを熱くさせてくれたスマイルジャパン。2月15日に北京を発ち、今ごろはようやくホテルでの隔離を終えるころだろうか。

冒頭で紹介した、大澤のインタビューの最後はこんな言葉だった。「(競技としてのホッケーを)続けるかどうか、これからゆっくり考えたいです。ちょっと休みます」。最後は、いつものようにニカッと笑った。米山もそうだったが、スマイルジャパンは最後までスマイルジャパンだった。大澤はこの2月で30歳。20代後半の4年間と、34歳までの4年間は意味合いが全然違う。自分とじっくり向き合って、後悔のない決断をすればいい。

アイスホッケーを通じて、私たちを楽しませ、悔しがらせて、いろんなことを考えさせてくれた2022年2月・北京のスマイルジャパン。この五輪を機にコンペティションとしてのホッケーから退く人は、本当に、本当に、おつかれさまでした。

人の人生に口出しする権利は誰にもなくて、でも少しだけご縁があった者として1つだけ。スマイルジャパンの思い出をいつまでも大切に、でも次に会った時には、「スマイルの時もよかったけど、私は今が一番楽しくて幸せなんです」と、そう言って笑える人生を送ってもらえたら、いいな。

(取材・山口真一。試合中の写真は権利関係により掲載できません。ご了承ください)

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