▽2022秩父宮杯 関東大学選手権Aグループ 決勝リーグ最終日(5月1日・ダイドードリンコアイスアリーナ)

明 治(2勝1敗・勝点7) 5(0-2、3-3、2-0、延長0-0、PS戦0-1)6 中 央(2勝1敗・勝点5)


「明治の伝統を変えたかった」。4年ぶりの優勝を決め、キャプテンのFW中條廉(4年)は言った。

「僕が入学する前、明治は圧倒的な個人技で勝っていたんです。実際に自分が明治に入って驚いたのは、練習をあんまりやらないこと。本当にこれでいいのかなと思いましたが、実際に勝てていたのであまり問題にならなかったんですよ」

明治が4年前の秩父宮杯で優勝した時、FWには松本昂大がいて、高橋瞬がいて、府中祐也がいた。卓抜した個人技を盾に、攻撃で圧倒するホッケー。「自由なチーム」を標榜し、ベンチでは時に不遜な態度を見せ、しかし試合では抜け出た得点力で相手を打ちのめした。それが、中條が入学前に見ていた「明治のホッケー」だった。

ずらりと揃っていたタレントが卒業し、しかし、明治にはひとつの伝統が残された。「練習量の不足」。勝っていた当時と比べれば選手層は明らかに違うのに、どこかでプライドを捨てきれなかった。なんだかんだいっても、俺たち明治だから。しかし結果は正直なもので、2019年秋のリーグを最後に、以降は1つもタイトルに届かなかった。

中條ら現4年生の体制になり、まず着手したのは練習の量と質を大きく変えることだった。新チームの集合は2月28日。朝と昼、さらに夜の8時から、陸トレとウエートの「3部練習」を敢行した。「去年の4年生、佐久間(雄大・FW)さんから言われたんです。明治はもっと自分に厳しくなれ。そうしないと勝てないぞと」(中條)

練習の見直しは、結果的に試合での粘りにつながった。4月23日、決勝リーグ初戦の東洋戦は、1ピリ13分までに3連続失点し、しかしそこから4点を奪って逆転し、55分に追いつかれてからも2点を奪い返し、東洋を振り切った。

迎えた5月1日の最終カード・中央戦でも、苦しい局面での踏ん張りが光った。1ピリに中央に2点を先行され、23分にも3点目を奪われた。しかし、25分にFW井口藍仁(1年)、26分にDF蔵本翔馬(2年)、さらに27分にも井口と、3連続ゴールで同点に追いつく。

32分、34分に中央に2点を追加されて迎えた3ピリ。明治は43分にFW大竹広記(2年)が4点目、56分にはFW石井佑空(3年)が同点の5点目をスコアする。東洋戦と同様に、3ピリ残り5分を切ってからの粘り。仮に4-5のスコアのまま中央が勝っていれば、優勝争いの当該チーム(明治・東洋・中央)間の得点数によって東洋が優勝していただけに、石井のゴールには大きな価値があった。明治は結局、PS戦で中央に敗れはしたものの、60分を終えた時点で勝ち点1が加算され、優勝が決まった。

 

ここ2シーズン、ここ一番の勝負で精神的なもろさを感じさせた明治。しかしこの春は「大事なところでチームが1つになれた」と中條は言う。「それもきっと、今まで以上に練習をやった成果だと思います。今の明治は、以前のようなスター揃いのチームではありません。僕自身、4年生になってから得点へのこだわりは捨てました。自分の数字がどうであれ、チームが勝てばそれでいい。今日は、今の明治らしい戦いができたと思います」と胸を張った。

一方で、閉会式での出来事も、今の明治の「現在地」をよく表していた。ベスト6に選ばれたのはFW唐津大輔(4年)のみ。大会前の対応に不備があり、一時は出場も危ぶまれたが、それに対する警告の意味もあったのだろう。明治の選手とすれば不満が残ったかもしれないが、それとは別に、負傷した相手選手に対する態度は、以前のよろしくない伝統を想起させた。努力を重ねた末の優勝は誇るべきことだ。でも、どうせなら多くの人から祝福され、尊敬される王者を目指してみないか。君たちなら、それができるはずだ。

(文・山口真一、写真・森健城)

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