1年ぶりの白星は、新チーム1つ目の公式戦勝利で、現在の体制になって2つ目の勝利だった。4月29日、関東大学選手権Aグループの1314位決定戦。1ピリ12分に先制した神奈川大は、2ピリと3ピリに2点ずつ加えて5-0。大会前の練習試合で1-3で敗れていた立教を相手に、シーズン初勝利をシャットアウトで飾った。

神大の監督は、かつて日本体育大のDF、4年時はキャプテンだった小山田峻。コーチは明治のFWとして活躍した松本昂大で、ともに20182019シーズンまで現役の学生だった。おそらく全国の大学でもっとも若いスタッフだ。

2人が神大の監督、コーチに就任したのは1年前。神大のチーム内でトラブルがあり、前スタッフが退陣したことがきっかけだった。神大の長野出身の選手が帰省した際に、現在は長野でプレーしている日体ОBの山本健太郎さんに「監督をやってくれる人はいないでしょうか」と相談を持ち掛けた。山本さんから就任を打診されたのが小山田監督で、小山田監督が「コーチとして手伝ってくれないか」と声をかけたのが、同じ清水高ОBの松本コーチだった。

新スタッフの指導のもと、神大の20212022シーズンがスタート。学生と一緒に氷に乗った2人が最初に感じたのは、選手の自信のなさであり、大人に対する不信感だった。小山田監督は「最初のうちは、こちらが何を言っても、はい、はい、と聞いてくれてましたが、それ以上の会話はなかった。選手同士のコミュニケーションも、いま考えると相当に問題がありました。誰かがミスをすると、それをけなす声がベンチの中から聞こえてくる。そういう発言をするのは実力のある選手で、言われたほうは何も言い返せないんです。はっきりいえば、チームの形をなしていなかった」。試合が始まり、相手に点を奪われると、途端にベンチがネガティブな雰囲気に包まれる。そうこうしているうちに2点目、3点目を奪われ、沈んだムードのまま試合終了を迎えるのがパターンだった。

新体制のもと、初めて迎えた昨秋のリーグ戦(1部リーグB)。このころになって徐々にチーム内の空気が変わってきたという。松本コーチは「こういう場面の時にはどうしたらいいですかと、選手が聞いてくるようになりました」。小山田監督は、特に4年生がチームを変えようとしていることを強く感じたという。「たぶんそれまでは、神大のホッケー部員であることに誇りを持てない時期もあったのではないかと思います。チームに一番長くいる4年生が、神大を立て直して卒業しようと先頭に立って行動してくれました。そこはすごく助けられましたね」。12月のインカレは初戦敗退したものの、関西の実力校・立命館と2-3で接り合っている。

新体制2年目の今春、大会前にこんなことがあった。福島県郡山市で合宿に入ろうとしていた3月16日、福島を震源とする大地震に見舞われる。ボランティアとして、地元の人の役に立ちたい。チーム内から声が上がったのだ。「監督、コーチから何かを言ったわけではありません。選手の側から、自然とそういう声が上がったんです」と小山田監督。ボランティア団体に申請し、がれきの撤去作業を手伝うことになった。

「ボランティアをやってみないかと最初に言い出したのは、地元出身の副キャプテン、本田友威(DF・4年)なんです」。キャプテンのDF仲山魁(4年)が教えてくれた。「本田も僕も東北の出身で、3.11の時は実際に被災しています。あの当時、僕たちはボランティアの人たちに助けてもらった。だから今度は、自分たちがやるべきなんじゃないかって。東北出身の僕らにとってボランティアは特別なものじゃなかったし、カッコつけるとか、そういうことでもありません。ごく自然な行為であって、ほかの部員も賛成してくれました」

その日は練習を休みにして、おばあさんが住む家で作業をした。「写真は撮らないという約束だったのでお見せすることはできませんが、お年寄り1人では片付けられないほどのがれきの量でした。作業が終わって、そのおばあさんが、ありがとうと言ってくれたんです。直に感謝の言葉をかけられる経験って、普段はあまりないじゃないですか。だから、すごくうれしかったです」(仲山)。地元の新聞、テレビがそれを取り上げ、それを見たアイスホッケー部出身ではない東北在住の神大OB・OGも喜んでくれたという。

この春大会の直前に神大は10人を超す感染者が出て、1回戦と順位決定リーグ1試合が不戦敗に。4月29日の立教戦は、5日前の青山学院戦に続く今季2戦目だった。

春の大会を終えた今、小山田監督はこんなプランを描いている。「新体制1年目の昨シーズンは、ある程度スタッフ主導でやってきました。でも今シーズンは、選手主導でやっていきたい。学生スポーツの主役は、学生であるべきなので」「実際、1年前と比べると選手の顔つきが大人になったのを感じます。いま思えば、1年前はみんな幼かった。これもチームが成長した部分といえるでしょうか」

1年前、神大の選手が大人への不信感を募らせていたように、小山田監督、松本コーチも、学生時代はアイスホッケーに失望した時期があった。それでもアイスホッケーそのものが嫌いになったわけではなく、だからこそ今もこうしてホッケーの現場で生きている。氷上練習の時間帯は、深夜から朝方。練習を終えると、小山田監督、松本コーチは車の中で1~2時間眠り、あるいはそのまま徹夜で仕事場に向かっている。

若者は、誰かに期待され、誰かに褒めてもらうことで目線が前を向く。1年前、ともすれば荒んだ空気に支配されがちだったチームは、縁あって就任した若いスタッフによって希望をもってホッケーをプレーするようになった。小山田監督の胸元には、松本コーチとお揃いのネクタイ。「選手がお金を出し合って買ってくれました。宝物です」。いいことの少ない日本のアイスホッケーに咲いた小さな花。その花の成長を静かに見守りたい。

(文・山口真一、写真・森健城)

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